十訓抄第八 可堪忍諸事事
八ノ七
大和に男ありけり。本の妻と壁を隔てて、めづらしき女を迎へて、月ごろ經れども、この妻、ねためる氣色もなくて過ぎけり。
秋の夜の、つく/\と長きに、鹿の音の、枕におとづるゝを、本の妻に、
聞き給ふや
と問ひければ、よめる。
われもしかなきてぞ人に戀ひられしいまこそよそに聲をのみ聞け
男、かぎりなくめでて、今の妻を送り、本の妻と住みけり。
※われもしか
巻第十五 恋歌五 1372 よみ人知らず
題しらず
大和物語百五十八段、今昔物語巻第三十第十二にも同内容の話がある。