千五百番歌合(後鳥羽院三度百首歌)
建仁二年(1202)9月2日後鳥羽院より30名の歌人に百首歌を奉じさせ、75首を一巻として、一人二巻、十人の判者に判じさせ、翌年3月完成したペーパー上の歌合。判者は、春1,2を忠良、春3,4を俊成、夏1,2を通親、夏3,秋1を良経、秋2,3を後鳥羽、秋4,冬1を定家、冬2,3を季経、祝,恋1を師光、恋2,3を顕昭、雑1,2を慈円とした。通親は途中10月21日没したため、関係部分は未完。
注:歌合番号は、歌合番(歌番号) ○=勝ち △=持 ×=負け 無印=不明 歌番号等は新編国歌大観による。
第一春歌上
46 67(134)○ 右衞門督通具梅のはな誰が袖ふれしにほひぞと春や昔の月にとはばや
47 77(154)○ 皇太后宮大夫俊成女
梅の花あかぬ色香もむかしにておなじかたみの春の夜の月
74 111(222)○ 藤原雅經
しら雲のたえまになびくあをやぎの葛城山に春風ぞ吹く
75 116(231)○ 藤原有家朝臣
柳のいとに玉ぬく白つゆの知らずいく世の春か經ぬらむ
76 117(223)○ 宮内卿
薄く濃き野邊のみどりの若草にあとまで見ゆる雪のむらぎえ
96 180(360)○ 右衞門督通具
いそのかみふる野のさくら誰植ゑて春は忘れぬ形見なるらむ
97 186(371) 正三位季能
花ぞ見る道のしばくさふみわけて吉野の宮の春のあけぼの
98 220(441)△ 藤原有家朝臣
朝日かげにほへる山のさくら花つれなく消えぬ雪かとぞ見る
第二 春歌下
100 119(238)△ 皇太后宮大夫俊成
いくとせの春に心をつくし來ぬあはれと思へみよし野の花
112 120(240)○ 皇太后宮大夫俊成女
風かよふ寝ざめの袖の花の香にかをるまくらの春の夜の夢
134 235(470)△ 藤原定家朝臣
櫻色の庭のはるかぜあともなし訪はばぞ人の雪とだにみむ
144 268(534)○ 左近中將良平
散るはなのわすれがたみの峰の雲そをだにのこせ春のやまかぜ
154 281(561)○ 寂蓮法師
思ひ立つ鳥はふる巣もたのむらむ馴れぬる花のあとの夕暮
155 253(505)△ 寂蓮法師
散りにけりあはれうらみの誰なれば花のあととふ春の山風
156 230(459)× 權中納言公經
春ふかくたづねいるさの山の端にほの見し雲の色ぞのこれる
第三 夏歌
209 332(662) 攝政太政大臣
有明のつれなく見えし月は出てぬ山郭公待つ夜ながらに
213 372(742) 藤原保季朝臣
過ぎにけりしのだの森の郭公絶えぬしづくを袖にのこして
216 365(728) 權中納言公經
ほととぎす猶うとまれぬ心かな汝がなく里のよその夕ぐれ
239 376(751) 右衞門督通具
行くすゑをたれしのべとて夕風に契りかおかむ宿のたちばな
253 484(967)○ 皇太后宮大夫俊成
大井河かがりさし行く鵜飼舟いく瀬に夏の夜を明かすらむ
254 460(919)○ 藤原定家朝臣
ひさかたの中なる川の鵜飼舟いかに契りてやみを待つらむ
265 485(968)△ 權中納言公經
露すがる庭のたまざさうち靡きひとむら過ぎぬ夕立の雲
269 481(961)△ 前大納言忠良
夕づく日さすや庵の柴の戸にさびしくもあるかひぐらしの聲
281 502(1002)○ 宮内卿
片枝さす麻生の浦梨はつ秋になりもならずも風ぞ身にしむ
282 513(1024)○ 前大僧正慈圓
夏衣かたへ涼しくなりぬなり夜や更けぬらむゆきあひの空
第四 秋歌上
293 527(1052)× 攝政太政大臣
深草の露のよすがをちぎりにて里をばかれず秋は來にけり
294 545(1089)△ 右衞門督通具
あはれまたいかに忍ばむ袖のつゆ野原の風に秋は來にけり
295 539(1076)× 源具親
しきたへの枕のうへに過ぎぬなり露を尋ぬる秋のはつかぜ
296 540(1078)× 顯昭法師
みづぐきの岡の葛葉も色づきて今朝うらがなし秋のはつ風
338 568(1134)○ 左近中將良平
夕さればたま散る野邊の女郎花まくらさだめぬ秋風ぞ吹く
374 714(1427)○ 右衞門督通具
ふかくさの里の月かげさびしさもすみこしままの野邊の秋風
434 315(629)左衞門督通光
さらにまた暮をたのめと明けにけりつきはつれなき秋の夜の空
第五 秋歌下
445 603(1204)○ 前大僧正慈圓
鳴く鹿の聲に目ざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思を
477 725(1448)○ 權中納言公經
衣うつみ山の庵のしばしばも知らぬゆめ路にむすぶ手枕
480 741(1481)○ 藤原定家朝臣
秋とだにわすれむと思ふ月影をさもあやにくにうつ衣かな
487 755(1509)× 藤原定家朝臣
ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月かげ
513 807(1613)○ 左衞門督通光
いり日さすふもとの尾花うちなびきたが秋風に鶉啼くらむ
515 752(1503)△ 皇太后宮大夫俊成女
とふ人もあらし吹きそふ秋は來て木の葉に埋む宿の道しば
519 769(1536)○ 春宮權大夫公繼
寝覺する長月の夜の床さむみ今朝吹くかぜに霜や置くらむ
537 813(1625)○ 藤原家隆朝臣
露時雨もる山かげのした紅葉濡るとも折らむ秋のかたみに
545 820(1639)○ 權中納言兼宗
行く秋の形見なるべきもみぢ葉も明日は時雨と降りやまがはむ
第六 冬歌
551 836(1621)○ 皇太后宮大夫俊成
おきあかす秋のわかれの袖の露霜こそむすべ冬や來ぬらむ
587 869(1736)△ 源具親
今はまた散らでもながふ時雨かなひとりふりゆく庭の松風
590 908(1814)○ 二條院讃岐
世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくも過ぐる初時雨かな
597 884(1766)× 源具親
今よりは木の葉がくれもなけれども時雨に殘るむら雲の月
598 854(1710)○ 源具親
晴れ曇る影をみやこにさきだててしぐると告ぐる山の端の月
606 895(1792)× 殷富門院大輔
我が門の刈田のおもにふす鴫の床あらはなる冬の夜のつき
608 963(1925)× 皇太后宮大夫俊成女
冴えわびてさむる枕に影見れば霜ふかき夜のありあけの月
609 897(1793)× 右衞門督通具霜
むすぶ袖のかたしきうちとけて寝ぬ夜の月の影ぞ寒けき
648 1011(2020)○ 正三位季能
さ夜千鳥聲こそ近くなるみ潟かたぶく月に汐や滿つらむ
684 1023(2045)△ 右衞門督通具
草も木も降りまたがへたる雪もよに春待つ梅の花の香ぞする
696 1414(2828)× 小侍從
思ひやれ八十ぢの年の暮なればいかばかりかはものは悲しき
706 1047(2093)○ 皇太后宮大夫俊成
今日ごとに今日や限と惜しめども又も今年に逢ひにけるかな
第七 賀歌
737 1052(2102)○ 攝政太政大臣
濡れてほす玉ぐしの葉の露霜に天照るひかり幾世經ぬらむ
739 1093(2185)○ 藤原定家朝臣
わが道を守らば君を守らなむよはひはゆづれすみよしの松
第十 羇旅歌
949 1399(2799)△ 皇太后宮大夫俊成女
かくてしも明かせばいく夜過ぎぬらむ山路の苔の露の筵に
970 1432(2865)× 藤原家隆朝臣
故郷にたのめし人もすゑの松待つらむそでになみやこすらむ
第十二 戀歌二
1096 1193(2384)○ 二條院讃岐
うちはへてくるしきものは人目のみしのぶの浦のあまの栲繩
1110 1342(2686)△ 皇太后宮大夫俊成
逢ふことはかた野の里のささの庵しのに霧散る夜はの床かな
1119 1337(2672)○ 攝政太政大臣
歎かずよいまはたおなじ名取川瀬々の埋木朽ちはてぬとも
1126 1277(2552)△ 攝政太政大臣
身に添へるその面影も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに
1128 1156(2311)× 前大納言忠良
たのめ置きし淺茅が露に秋かけて木の葉降りしく宿の通ひぢ
1135 1206(2414)× 右衞門督通具
わが戀は逢ふをかぎりのたのみだに行方も知らぬ空の浮雲
第十四 戀歌四
1272 1292(2582)○ 攝政太政大臣
めぐりあはむ限はいつと知らねども月な隔てそよその浮雲
1273 1307(2612)△ 攝政太政大臣
わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見えねど
1274 1340(2678)○ 權中納言公經
戀ひわぶるなみだや空に曇るらむ光もかはるねやの月かげ
1276 1262(2523)○ 右衞門督通具
いま來むと契りしことは夢ながら見し夜に似たるありあけの月
1277 1346(2690)○ 藤原有家朝臣
忘れじといひしばかりのなごりとてその夜の月は廻り來にけり
1285 1329(2657)× 皇太后宮大夫俊成女
ならひ來し誰が偽もまだ知らで待つとせしまの庭の蓬生
1294 1235(2469)△ 藤原家隆朝臣
思ひ出でよ誰がかねごとの末ならむ昨日の雲のあとの山風
1319 1333(2665)× 右衞門督通具
言の葉のうつりし秋も過ぎぬればわが身時雨とふる涙かな
1320 1191(2381)○ 藤原定家朝臣
消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露
1331 1265(2528)× 權中納言公經
つくづくと思ひあかしのうら千鳥浪の枕になくなくぞ聞
1332 1219(2437)× 藤原定家朝臣
尋ね見るつらき心の奧の海よ汐干のかたのいふかひもなし
第十五戀歌五
1340 1248(2495)○ 右衞門督通具
問へかしな尾花がもとの思草しをるる野邊の露はいかにと
1388 1145(2289)△ 皇太后宮大夫俊成
あはれなりうたたねにのみ見し夢の長き思にむすぼほれなむ
第十六雜歌上
1477 1436(2872)○ 藤原有家朝臣
春の雨のあまねき御代を頼むかな霜に枯れ行く草葉もらすな
1540 1403(2806)○ 二條院讃岐
身のうさに月やあらぬとながむれば昔ながらの影ぞもり來る
1558 681(1361)○ 皇太后宮大夫俊成
しめ置きて今やとおもふ秋山のよもぎがもとに松蟲の鳴く
1559 695(1389)△ 皇太后宮大夫俊成
荒れわたる秋の庭こそあはれなれまして消えなむ露の夕暮
第十七雜歌中
1602 1431(2862)○ 正三位季能
水の江のよしのの宮は神さびてよはひたけたる浦の松風
1619 1417(2835)△ 右衞門督通具
一筋に馴れなばさてもすぎの庵に夜な夜な變る風の音かな
1634 1478(2956)△ 二條院讃岐
ながらへて猶君が代を松山の待つとせしまに年ぞ經にける
第十八雜歌下
1702 1382(2764)○ 攝政太政大臣
舟のうち波の下にぞ老いにけるあまのしわざも暇なの世や
1763 1472(2944)○ 攝政太政大臣
浮き沈み來む世はさてもいかにぞと心に問ひて答へかねぬる
1765 1457(2914)△ 攝政太政大臣
おしかへし物を思ふは苦しきに知らずがほにて世をや過ぎまし
1814 1465(2930)○ 土御門内大臣
位山あとをたづねてのぼれども子をおもふ道になほ迷ひぬる
91首。4首不明(下の歌を除く)。
詞書では、千五百番歌合となっているが、確認できなかった歌。
516 第五 秋歌下 皇太后宮大夫俊成女
色かはる露をば袖に置き迷ひうらがれてゆく野邊の秋かな
1095第十二 戀歌二 左衞門督通光
限あればしのぶの山のふもとにも落葉がうへの露ぞいろづく
1106第十二 戀歌二 左衞門督通光
ながめわびそれとはなしにものぞ思ふ雲のはたての夕暮の空
1275第十四 戀歌四 左衞門督通光
いくめぐり空行く月もへだてきぬ契りしなかはよその浮雲