篝火
384 源氏 篝火に立ち添ふ恋の煙こそ世には絶えせぬ焔なりけれ
かかりひにたちそふこひのけふりこそよにはたえせぬほのほなりけれ
385 玉鬘 行方無き空に消ちてよ篝火の便りに類ふ煙とならば
ゆくへなきそらにけちてよかかりひのたよりにたくふけふりとならは
野分
386 明石上 大方に荻の葉過ぐる風の音も憂き身一つに染む心地して
おほかたにをきのはすくるかせのおともうきみひとつにしむここちして
387 玉鬘 吹き乱る風の気色に女郎花萎れしぬべき心地こそすれ
ふきみたるかせのけしきにをみなへししをれしぬへきここちこそすれ
388 源氏 下露に靡かましかば女郎花荒き風には萎れざらまし
したつゆになひかましかはをみなへしあらきかせにはしをれさらまし
389 夕霧 風騒ぎ村雲紛ふ夕べにも忘るる間無き忘られぬ君
かせさわきむらくもまかふゆふへにもわするるまなくわすられぬきみ
行幸
390 冷泉帝 行き深き小塩の山に立つ岸の古き跡をも今日は尋ねよ
ゆきふかきをしほのやまにたつきしのふるきあとをもけふはたつねよ
391 源氏 小塩山深雪積もれる松原に今日ばかりなる跡や無からむ
をしほやまみゆきつもれるまつはらにけふはかりなるあとやなからむ
392 玉鬘 打ち切らし浅曇りせし深雪には清かに空の光やは見し
うちきらしあさくもりせしみゆきにはさやかにそらのひかりやはみし
393 源氏 茜さす光は空に曇らぬをなどて深雪に目を切らしけむ
あかねさすひかりはそらにくもらぬをなとてみゆきにめをきらしけむ
394 大宮 二方に言ひても行けば玉櫛笥我が我が身離れぬ懸子なりけり
ふたかたにいひもてゆけはたまくしけわかみはなれぬかけこなりけり
395 末摘花 我が身こそ恨みられけれ唐衣君が袂に慣れずと思へば
わかみこそうらみられけれからころもきみかたもとになれすとおもへは
396 源氏 唐衣又唐衣唐衣返す返すぞ唐衣なる
からころもまたからころもからころもかへすかへすもからころもなる
397 頭中将 恨めしや沖津玉藻をかづくまで磯隠れける海女の心よ
うらめしやおきつたまもをかつくまていそかくれけるあまのこころよ
398 源氏 寄る辺なみ掛かる渚に打ち寄せて海士も訪ねぬ藻屑とぞ見し
よるへなみかかるなきさにうちよせてあまもたつねぬもくつとそみし
藤袴
399 夕霧 同じ野の露に?るる藤袴あはれは掛けよかごとばかりも
おなしののつゆにやつるるふちはかまあはれはかけよかことはかりも
400 玉鬘 訪ぬるに遥けき野辺の露ならば薄紫やかごとならまし
たつぬるにはるけきのへのつゆならはうすむらさきやかことならまし
401 柏木 妹背山深き道をば訪ねずて緒絶の橋に踏み惑ひける
いもせやまふかきみちをはたつねすてをたえのはしにふみまとひける
402 玉鬘 惑ひける道をは知らで妹背山たどたどしくぞ誰も踏みみし
まとひけるみちをはしらていもせやまたとたとしくそたれもふみみし
403 鬚黒大将 数ならば厭ひもせまし長月に命を掛くる程と儚き
かすならはいとひもせましなかつきにいのちをかくるほとそはかなき
404 蛍兵部卿宮 朝日射す光を見ても玉笹の葉分けの霜を消たずもあらなむ
あさひさすひかりをみてもたまささのはわけのしもをけたすもあらなむ
405 左兵衛督 忘れなむと思ふも物の悲しきを如何様にして如何様にせむ
わすれなむとおもふももののかなしきをいかさまにしていかさまにせむ
406 玉鬘 心持て光に向かふ葵だに朝置く霜を己やは消つ
こころもてひかりにむかふあふひたにあさおくしもをおのれやはけつ
真木柱
407 源氏 降り立ちて汲みは見ねども渡川人の背とはた契らざりしを
おりたちてくみはみねともわたりかはひとのせとはたちきらさりしを
408 玉鬘 三瀬川渡らぬ先にいかで猶涙の水脈の泡と消えなむ
みつせかはわたらぬさきにいかてなほなみたのみをのあわときえなむ
409 鬚黒大将 心さへ空に乱れし雪も夜に一人冴えつる片敷の袖
こころさへそらにみたれしゆきもよにひとりさえつるかたしきのそて
410 木工君 一人居て焦がるる胸の苦しきに思ひ余れる炎とぞみし
ひとりゐてこかるるむねのくるしきにおもひあまれるほのほとそみし
411 鬚黒大将 憂き事を思ひ騒げば様々にくゆる煙ぞいとど立ち添う
うきことをおもひさわけはさまさまにくゆるけふりそいととたちそふ
412 真木柱 今はとて宿かれぬとも慣れ来つる真木の柱は我を忘るな
いまはとてやとかれぬともなれきつるまきのはしらはわれをわするな
413 鬚黒北方 馴れ来とは思ひ出づとも何により立ち止まるべき真木の柱ぞ
なれきとはおもひいつともなにによりたちとまるへきまきのはしらそ
414 中将御許 浅けれど石間の水は澄み果てて宿守る君やかけ離るべき
あさけれといしまのみつはすみはててやともるきみやかけはなるへき
415 木工君 ともかくも岩間の水の結ぼほれ影止むべくも思ほねぬ世を
ともかくもいはまのみつのむすほほれかけとむへくもおもほえぬよを
416 蛍兵部卿宮 太山木に羽うち交はし居る鳥のまたなくねたき春にもあるかな
みやまきにはねうちかはしゐるとりのまたなくねたきはるにもあるかな
417 冷泉帝 などてかくはひ逢ひ難き紫を心に深く思ひそめけむ
なとてかくはひあひかたきむらさきをこころにふかくおもひそめけむ
418 玉鬘 如何ならむ色とも知らぬ紫を心してこそ人は染めけれ
いかならむいろともしらぬむらさきをこころしてこそひとはそめけれ
419 冷泉帝 九重に霞隔ては梅の花ただ香ばかりも匂ひ来じとや
ここのへにかすみへたてはうめのはなたたかはかりもにほひこしとや
420 玉鬘 香ばかりは風にも伝よ花の枝に立ち並ぶべき匂ひなくとも
かはかりはかせにもつてよはなのえにたちならふへきにほひなくとも
421 源氏 かきたれて長閑けき頃の春雨に古里人を如何に偲ぶや
かきたれてのとけきころのはるさめにふるさとひとをいかにしのふや
422 玉鬘 ながめする軒の滴に袖濡れて泡沫人を偲ばざらめや
なかめするのきのしつくにそてぬれてうたかたひとをしのはさらめや
423 源氏 思はずに井手の中道隔つとも言はでぞ恋ふる山吹の花
おもはすにゐてのなかみちへたつともいはてそこふるやまふきのはな
424 源氏 同じ巣に孵りし卵の見えぬ仲如何なる人か手に握るらむ
おなしすにかへりしかひのみえぬなかいかなるひとかてににきるらむ
425 鬚黒大将 巣隠れて数にもあらぬ雁の子をいづ方にかは取り隠すべき
すかくれてかすにもあらぬかりのこをいつかたにかはとりかくすへき
426 近江君 沖つ船寄辺波路に漂はば棹差し寄らむ泊まり教へよ
おきつふねよるへなみちにたたよははさをさしよらむとまりをしへよ
427 夕霧 寄る辺波風の騒がす船人も思はぬ方に磯伝ひせず
よるへなみかせのさわかすふなひともおもはぬかたにいそつたひせす
384 源氏 篝火に立ち添ふ恋の煙こそ世には絶えせぬ焔なりけれ
かかりひにたちそふこひのけふりこそよにはたえせぬほのほなりけれ
385 玉鬘 行方無き空に消ちてよ篝火の便りに類ふ煙とならば
ゆくへなきそらにけちてよかかりひのたよりにたくふけふりとならは
野分
386 明石上 大方に荻の葉過ぐる風の音も憂き身一つに染む心地して
おほかたにをきのはすくるかせのおともうきみひとつにしむここちして
387 玉鬘 吹き乱る風の気色に女郎花萎れしぬべき心地こそすれ
ふきみたるかせのけしきにをみなへししをれしぬへきここちこそすれ
388 源氏 下露に靡かましかば女郎花荒き風には萎れざらまし
したつゆになひかましかはをみなへしあらきかせにはしをれさらまし
389 夕霧 風騒ぎ村雲紛ふ夕べにも忘るる間無き忘られぬ君
かせさわきむらくもまかふゆふへにもわするるまなくわすられぬきみ
行幸
390 冷泉帝 行き深き小塩の山に立つ岸の古き跡をも今日は尋ねよ
ゆきふかきをしほのやまにたつきしのふるきあとをもけふはたつねよ
391 源氏 小塩山深雪積もれる松原に今日ばかりなる跡や無からむ
をしほやまみゆきつもれるまつはらにけふはかりなるあとやなからむ
392 玉鬘 打ち切らし浅曇りせし深雪には清かに空の光やは見し
うちきらしあさくもりせしみゆきにはさやかにそらのひかりやはみし
393 源氏 茜さす光は空に曇らぬをなどて深雪に目を切らしけむ
あかねさすひかりはそらにくもらぬをなとてみゆきにめをきらしけむ
394 大宮 二方に言ひても行けば玉櫛笥我が我が身離れぬ懸子なりけり
ふたかたにいひもてゆけはたまくしけわかみはなれぬかけこなりけり
395 末摘花 我が身こそ恨みられけれ唐衣君が袂に慣れずと思へば
わかみこそうらみられけれからころもきみかたもとになれすとおもへは
396 源氏 唐衣又唐衣唐衣返す返すぞ唐衣なる
からころもまたからころもからころもかへすかへすもからころもなる
397 頭中将 恨めしや沖津玉藻をかづくまで磯隠れける海女の心よ
うらめしやおきつたまもをかつくまていそかくれけるあまのこころよ
398 源氏 寄る辺なみ掛かる渚に打ち寄せて海士も訪ねぬ藻屑とぞ見し
よるへなみかかるなきさにうちよせてあまもたつねぬもくつとそみし
藤袴
399 夕霧 同じ野の露に?るる藤袴あはれは掛けよかごとばかりも
おなしののつゆにやつるるふちはかまあはれはかけよかことはかりも
400 玉鬘 訪ぬるに遥けき野辺の露ならば薄紫やかごとならまし
たつぬるにはるけきのへのつゆならはうすむらさきやかことならまし
401 柏木 妹背山深き道をば訪ねずて緒絶の橋に踏み惑ひける
いもせやまふかきみちをはたつねすてをたえのはしにふみまとひける
402 玉鬘 惑ひける道をは知らで妹背山たどたどしくぞ誰も踏みみし
まとひけるみちをはしらていもせやまたとたとしくそたれもふみみし
403 鬚黒大将 数ならば厭ひもせまし長月に命を掛くる程と儚き
かすならはいとひもせましなかつきにいのちをかくるほとそはかなき
404 蛍兵部卿宮 朝日射す光を見ても玉笹の葉分けの霜を消たずもあらなむ
あさひさすひかりをみてもたまささのはわけのしもをけたすもあらなむ
405 左兵衛督 忘れなむと思ふも物の悲しきを如何様にして如何様にせむ
わすれなむとおもふももののかなしきをいかさまにしていかさまにせむ
406 玉鬘 心持て光に向かふ葵だに朝置く霜を己やは消つ
こころもてひかりにむかふあふひたにあさおくしもをおのれやはけつ
真木柱
407 源氏 降り立ちて汲みは見ねども渡川人の背とはた契らざりしを
おりたちてくみはみねともわたりかはひとのせとはたちきらさりしを
408 玉鬘 三瀬川渡らぬ先にいかで猶涙の水脈の泡と消えなむ
みつせかはわたらぬさきにいかてなほなみたのみをのあわときえなむ
409 鬚黒大将 心さへ空に乱れし雪も夜に一人冴えつる片敷の袖
こころさへそらにみたれしゆきもよにひとりさえつるかたしきのそて
410 木工君 一人居て焦がるる胸の苦しきに思ひ余れる炎とぞみし
ひとりゐてこかるるむねのくるしきにおもひあまれるほのほとそみし
411 鬚黒大将 憂き事を思ひ騒げば様々にくゆる煙ぞいとど立ち添う
うきことをおもひさわけはさまさまにくゆるけふりそいととたちそふ
412 真木柱 今はとて宿かれぬとも慣れ来つる真木の柱は我を忘るな
いまはとてやとかれぬともなれきつるまきのはしらはわれをわするな
413 鬚黒北方 馴れ来とは思ひ出づとも何により立ち止まるべき真木の柱ぞ
なれきとはおもひいつともなにによりたちとまるへきまきのはしらそ
414 中将御許 浅けれど石間の水は澄み果てて宿守る君やかけ離るべき
あさけれといしまのみつはすみはててやともるきみやかけはなるへき
415 木工君 ともかくも岩間の水の結ぼほれ影止むべくも思ほねぬ世を
ともかくもいはまのみつのむすほほれかけとむへくもおもほえぬよを
416 蛍兵部卿宮 太山木に羽うち交はし居る鳥のまたなくねたき春にもあるかな
みやまきにはねうちかはしゐるとりのまたなくねたきはるにもあるかな
417 冷泉帝 などてかくはひ逢ひ難き紫を心に深く思ひそめけむ
なとてかくはひあひかたきむらさきをこころにふかくおもひそめけむ
418 玉鬘 如何ならむ色とも知らぬ紫を心してこそ人は染めけれ
いかならむいろともしらぬむらさきをこころしてこそひとはそめけれ
419 冷泉帝 九重に霞隔ては梅の花ただ香ばかりも匂ひ来じとや
ここのへにかすみへたてはうめのはなたたかはかりもにほひこしとや
420 玉鬘 香ばかりは風にも伝よ花の枝に立ち並ぶべき匂ひなくとも
かはかりはかせにもつてよはなのえにたちならふへきにほひなくとも
421 源氏 かきたれて長閑けき頃の春雨に古里人を如何に偲ぶや
かきたれてのとけきころのはるさめにふるさとひとをいかにしのふや
422 玉鬘 ながめする軒の滴に袖濡れて泡沫人を偲ばざらめや
なかめするのきのしつくにそてぬれてうたかたひとをしのはさらめや
423 源氏 思はずに井手の中道隔つとも言はでぞ恋ふる山吹の花
おもはすにゐてのなかみちへたつともいはてそこふるやまふきのはな
424 源氏 同じ巣に孵りし卵の見えぬ仲如何なる人か手に握るらむ
おなしすにかへりしかひのみえぬなかいかなるひとかてににきるらむ
425 鬚黒大将 巣隠れて数にもあらぬ雁の子をいづ方にかは取り隠すべき
すかくれてかすにもあらぬかりのこをいつかたにかはとりかくすへき
426 近江君 沖つ船寄辺波路に漂はば棹差し寄らむ泊まり教へよ
おきつふねよるへなみちにたたよははさをさしよらむとまりをしへよ
427 夕霧 寄る辺波風の騒がす船人も思はぬ方に磯伝ひせず
よるへなみかせのさわかすふなひともおもはぬかたにいそつたひせす