玉鬘
338 少弐姉 船人も誰を恋ふかと大島のうら悲しげに声の聞こゆる
ふなひともたれをこふとかおほしまのうらかなしけにこゑのきこゆる
339 少弐妹 来し方も行方も知らぬ沖に出でて哀れ何処に君を恋ふらむ
こしかたもゆくへもしらぬおきにいててあはれいつくにきみをこふらむ
340 大夫監 君にしも心違はば松浦なる鏡の神を掛けて誓はむ
きみにしもこころたかははまつらなるかかみのかみをかけてちかはむ
341 玉鬘乳母 年を経て祈る心の違ひなば鏡の神を辛しとや見む
としをへていのるこころのたかひなはかかみのかみをつらしとやみむ
342 兵部 浮島を漕ぎ離れても行く方や何処泊まりと知らずもあるかな
うきしまをこきはなれてもゆくかたやいつくとまりとしらすもあるかな
343 玉鬘 行く先も見えぬ波路に舟出して風に任する身こそ浮きたれ
ゆくさきもみえぬなみちにふなてしてかせにまかするみこそうきたれ
344 玉鬘 憂き事に胸のみ騒ぐ響きには響の灘も触らざりけり
うきことにむねのみさわくひひきにはひひきのなたもさはらさりけり
345 右近 二本の杉の立戸を訪ねずは布留川の辺に君を見ましや
ふたもとのすきのたちとをたつねすはふるかはのへにきみをみましや
346 玉鬘 初瀬川早くの事は知らねども今日の逢ふ瀬に身さへ流れぬ
はつせかははやくのことはしらねともけふのあふせにみさへなかれぬ
347 源氏 知らずとも訪ねて知らむ三島江に生ふる三稜草の筋は絶えしを
しらすともたつねてしらむみしまえにおふるみくりのすちはたえしを
348 玉葛 数ならぬ三稜草や何の筋なれば浮きにしもかく根を留めけむ
かすならぬみくりやなにのすちなれはうきにしもかくねをととめけむ
349 源氏 恋ひ渡る身はそれなれと玉鬘如何なる筋を尋ね来つらむ
こひわたるみはそれなれとたまかつらいかなるすちをたつねきつらむ
350 末摘花 着てみれば恨みられけり唐衣返しやりてむ袖を濡らして
きてみれはうらみられけりからころもかへしやりてむそてをぬらして
351 源氏 返さむと言ふに付けても片敷きの夜の衣を思ひこそやれ
かへさむといふにつけてもかたしきのよるのころもをおもひこそやれ
初音
352 源氏 薄氷解けぬる池の鏡には世に比ひ無き影ぞ並べる
うすこほりとけぬるいけのかかみにはよにたくひなきかけそならへる
353 紫上 曇り無き池の鏡に万代を澄むべき影ぞ著く見えける
くもりなきいけのかかみによろつよをすむへきかけそしるくみえける
354 明石上 年月を松に引かれて経る人に今日鶯の初音聞かせよ
としつきをまつにひかれてふるひとにけふうくひすのはつねきかせよ
355 明石女御 引き別れ年は経れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや
ひきわかれとしはふれともうくひすのすたちしまつのねをわすれめや
356 明石上 珍しや花の塒に木伝ひて谷の古巣を訪へる鶯
めつらしやはなのねくらにこつたひてたにのふるすをとへるうくひす
357 源氏 古里の春の梢に訪ね来て世の常ならぬ花を見るかな
ふるさとのはるのこすゑにたつねきてよのつねならぬはなをみるかな
胡蝶
358 女房 風吹けば波の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎
かせふけはなみのはなさへいろみえてこやなにたてるやまふきのさき
359 女房 春の池や井手の川瀬に通ふらむ岸の山吹そこも匂へり
はるのいけやゐてのかはせにかよふらむきしのやまふきそこもにほへり
360 女房 亀の上の山も訪ねし舟のうちに老いせぬ名をばここに残さむ
かめのうへのやまもつねしふねのうちにおいせぬなをはここにのこさむ
361 女房 春の日の麗らに差して行く舟は竿の雫も花ぞ散りける
はるのひのうららにさしてゆくふねはさをのしつくもはなそちりける
362 蛍兵部卿宮 紫の故に心をしめたれば淵に身投げむ名やは惜しけき
むらさきのゆゑにこころをしめたれはふちにみなけむなやはをしけき
363 源氏 淵に身を投げつべしとやこの春は花の辺りを立ち去らで見よ
ふちにみをなけつへしとやこのはるははなのあたりをたちさらてみよ
364 紫上 花園の胡蝶をさへや下草に秋松虫は疎く見るらむ
はなそののこてふをさへやしたくさにあきまつむしはうとくみるらむ
365 秋好中宮 胡蝶にも誘はれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば
こてふにもさそはれなましこころありてやへやまふきをへたてさりせは
366 柏木 思ふとも君は知らじな沸き返り岩漏る水に色し見えねば
おもふともきみはしらしなわきかへりいはもるみつにいろしみえねは
367 源氏 ませのうちに根深く植ゑし竹の子の己が世々にや生ひ分かるべき
ませのうちにねふかくうゑしたけのこのおのかよよにやおひわかるへき
368 玉鬘 今更に如何ならむ世か若竹の生ひ始めけむ根をば訪ねむ
いまさらにいかならむよかわかたけのおひはしめけむねをはたつねむ
369 源氏 タチバナの香りし袖によそふれば変はれる身とも思ほえぬかな
たちはなのかをりしそてによそふれはかはれるみともおもほえぬかな
370 玉鬘 袖の香をよそふるからに橘の身さへ儚く成りもこそすれ
そてのかをよそふるからにたちはなのみさへはかなくなりもこそすれ
371 源氏 うち解けて根も見ぬものを若草の事あり顔に結ぼほるらむ
うちとけてねもみぬものをわかくさのことありかほにむすほほるらむ
蛍
372 蛍兵部卿宮 鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆるものかは
なくこゑもきこえぬむしのおもひたにひとのけつにはきゆるものかは
373 玉鬘 声はせで身をのみ焦がす蛍こそ言ふより勝る思ひなるらむ
こゑはせてみをのみこかすほたるこそいふよりまさるおもひなるらめ
374 蛍兵部卿宮 今日さへや引く人も無き水隠れに生ふる菖蒲の根のみ泣かれむ
けふさへやひくひともなきみかくれにおふるあやめのねのみなかれむ
375 玉鬘 顕れていとど浅くも見ゆるかな菖蒲も分かず泣かれける根の
あらはれていととあさくもみゆるかなあやめもわかすなかれけるねの
376 花散里 その駒も荒めぬ草と何立てる汀の菖蒲今日や引きつる
そのこまもすさへぬくさとなにたてるみきはのあやめけふやひきつる
377 源氏 鳰鳥に影を並ぶる若駒は何時か菖蒲に引き分かるべき
にほとりにかけをならふるわかこまはいつかあやめにひきわかるへき
378 源氏 思ひあまり昔の跡を訪ぬれど親に背ける子ぞ類ひ無き
おもひあまりむかしのあとをたつぬれとおやにそむけるこそたくひなき
379 玉鬘 古き跡を訪ぬれどげに無かりけりこの世に掛かる親の心は
ふるきあとをたつぬれとけになかりけりこのよにかかるおやのこころは
338 少弐姉 船人も誰を恋ふかと大島のうら悲しげに声の聞こゆる
ふなひともたれをこふとかおほしまのうらかなしけにこゑのきこゆる
339 少弐妹 来し方も行方も知らぬ沖に出でて哀れ何処に君を恋ふらむ
こしかたもゆくへもしらぬおきにいててあはれいつくにきみをこふらむ
340 大夫監 君にしも心違はば松浦なる鏡の神を掛けて誓はむ
きみにしもこころたかははまつらなるかかみのかみをかけてちかはむ
341 玉鬘乳母 年を経て祈る心の違ひなば鏡の神を辛しとや見む
としをへていのるこころのたかひなはかかみのかみをつらしとやみむ
342 兵部 浮島を漕ぎ離れても行く方や何処泊まりと知らずもあるかな
うきしまをこきはなれてもゆくかたやいつくとまりとしらすもあるかな
343 玉鬘 行く先も見えぬ波路に舟出して風に任する身こそ浮きたれ
ゆくさきもみえぬなみちにふなてしてかせにまかするみこそうきたれ
344 玉鬘 憂き事に胸のみ騒ぐ響きには響の灘も触らざりけり
うきことにむねのみさわくひひきにはひひきのなたもさはらさりけり
345 右近 二本の杉の立戸を訪ねずは布留川の辺に君を見ましや
ふたもとのすきのたちとをたつねすはふるかはのへにきみをみましや
346 玉鬘 初瀬川早くの事は知らねども今日の逢ふ瀬に身さへ流れぬ
はつせかははやくのことはしらねともけふのあふせにみさへなかれぬ
347 源氏 知らずとも訪ねて知らむ三島江に生ふる三稜草の筋は絶えしを
しらすともたつねてしらむみしまえにおふるみくりのすちはたえしを
348 玉葛 数ならぬ三稜草や何の筋なれば浮きにしもかく根を留めけむ
かすならぬみくりやなにのすちなれはうきにしもかくねをととめけむ
349 源氏 恋ひ渡る身はそれなれと玉鬘如何なる筋を尋ね来つらむ
こひわたるみはそれなれとたまかつらいかなるすちをたつねきつらむ
350 末摘花 着てみれば恨みられけり唐衣返しやりてむ袖を濡らして
きてみれはうらみられけりからころもかへしやりてむそてをぬらして
351 源氏 返さむと言ふに付けても片敷きの夜の衣を思ひこそやれ
かへさむといふにつけてもかたしきのよるのころもをおもひこそやれ
初音
352 源氏 薄氷解けぬる池の鏡には世に比ひ無き影ぞ並べる
うすこほりとけぬるいけのかかみにはよにたくひなきかけそならへる
353 紫上 曇り無き池の鏡に万代を澄むべき影ぞ著く見えける
くもりなきいけのかかみによろつよをすむへきかけそしるくみえける
354 明石上 年月を松に引かれて経る人に今日鶯の初音聞かせよ
としつきをまつにひかれてふるひとにけふうくひすのはつねきかせよ
355 明石女御 引き別れ年は経れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや
ひきわかれとしはふれともうくひすのすたちしまつのねをわすれめや
356 明石上 珍しや花の塒に木伝ひて谷の古巣を訪へる鶯
めつらしやはなのねくらにこつたひてたにのふるすをとへるうくひす
357 源氏 古里の春の梢に訪ね来て世の常ならぬ花を見るかな
ふるさとのはるのこすゑにたつねきてよのつねならぬはなをみるかな
胡蝶
358 女房 風吹けば波の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎
かせふけはなみのはなさへいろみえてこやなにたてるやまふきのさき
359 女房 春の池や井手の川瀬に通ふらむ岸の山吹そこも匂へり
はるのいけやゐてのかはせにかよふらむきしのやまふきそこもにほへり
360 女房 亀の上の山も訪ねし舟のうちに老いせぬ名をばここに残さむ
かめのうへのやまもつねしふねのうちにおいせぬなをはここにのこさむ
361 女房 春の日の麗らに差して行く舟は竿の雫も花ぞ散りける
はるのひのうららにさしてゆくふねはさをのしつくもはなそちりける
362 蛍兵部卿宮 紫の故に心をしめたれば淵に身投げむ名やは惜しけき
むらさきのゆゑにこころをしめたれはふちにみなけむなやはをしけき
363 源氏 淵に身を投げつべしとやこの春は花の辺りを立ち去らで見よ
ふちにみをなけつへしとやこのはるははなのあたりをたちさらてみよ
364 紫上 花園の胡蝶をさへや下草に秋松虫は疎く見るらむ
はなそののこてふをさへやしたくさにあきまつむしはうとくみるらむ
365 秋好中宮 胡蝶にも誘はれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば
こてふにもさそはれなましこころありてやへやまふきをへたてさりせは
366 柏木 思ふとも君は知らじな沸き返り岩漏る水に色し見えねば
おもふともきみはしらしなわきかへりいはもるみつにいろしみえねは
367 源氏 ませのうちに根深く植ゑし竹の子の己が世々にや生ひ分かるべき
ませのうちにねふかくうゑしたけのこのおのかよよにやおひわかるへき
368 玉鬘 今更に如何ならむ世か若竹の生ひ始めけむ根をば訪ねむ
いまさらにいかならむよかわかたけのおひはしめけむねをはたつねむ
369 源氏 タチバナの香りし袖によそふれば変はれる身とも思ほえぬかな
たちはなのかをりしそてによそふれはかはれるみともおもほえぬかな
370 玉鬘 袖の香をよそふるからに橘の身さへ儚く成りもこそすれ
そてのかをよそふるからにたちはなのみさへはかなくなりもこそすれ
371 源氏 うち解けて根も見ぬものを若草の事あり顔に結ぼほるらむ
うちとけてねもみぬものをわかくさのことありかほにむすほほるらむ
蛍
372 蛍兵部卿宮 鳴く声も聞こえぬ虫の思ひだに人の消つには消ゆるものかは
なくこゑもきこえぬむしのおもひたにひとのけつにはきゆるものかは
373 玉鬘 声はせで身をのみ焦がす蛍こそ言ふより勝る思ひなるらむ
こゑはせてみをのみこかすほたるこそいふよりまさるおもひなるらめ
374 蛍兵部卿宮 今日さへや引く人も無き水隠れに生ふる菖蒲の根のみ泣かれむ
けふさへやひくひともなきみかくれにおふるあやめのねのみなかれむ
375 玉鬘 顕れていとど浅くも見ゆるかな菖蒲も分かず泣かれける根の
あらはれていととあさくもみゆるかなあやめもわかすなかれけるねの
376 花散里 その駒も荒めぬ草と何立てる汀の菖蒲今日や引きつる
そのこまもすさへぬくさとなにたてるみきはのあやめけふやひきつる
377 源氏 鳰鳥に影を並ぶる若駒は何時か菖蒲に引き分かるべき
にほとりにかけをならふるわかこまはいつかあやめにひきわかるへき
378 源氏 思ひあまり昔の跡を訪ぬれど親に背ける子ぞ類ひ無き
おもひあまりむかしのあとをたつぬれとおやにそむけるこそたくひなき
379 玉鬘 古き跡を訪ぬれどげに無かりけりこの世に掛かる親の心は
ふるきあとをたつぬれとけになかりけりこのよにかかるおやのこころは