明月記 元久二年二月
二十三日。天晴る。…略。大府、総州、宗宣等あり。又切り継ぐ。…略
其の間、予、酒肴を儲くべし。待ち参りて、之を取り居ゑしむ。家長、清範等帰り来たりて之を見る。饗応の詞を加へ、取り破るべからず。見参に入るべき由、相議す。予、左右を答へず。遂に破らずして之を置く。長櫃(一)。酒肴の様、土高器を小さき折敷に居う。柏を敷き、海松を盛りて柏を覆ふ。其の柏に、わだつみのかざしにさすといはふももの歌を書く。又折敷に絵をかきて杯を居る。瓶子は、紅の薄様を以て口を裹み、実には鳥の汁を入る。花橘を文字木にて書く。花橘を懸子にて上に入れて、其の下を三重、中を分けて菓子六種を入る。ひじきを又外居に入る。ひじきの物には袖をの歌を書き、其の下に魚鳥六種を菓子の如くに入る。青き瓶は口を裹まず、藤の花を指す(糸を以て之を結ぶ。房、殊に長し)。件の瓶に酒を入る。檀紙(下絵)を立て文に作りて、其の中に箸を入れ(表書に、武蔵あぶみと書く)、外居に飯を入れ、其の上に餝ちまきを積み入れて、飯を隠して見せず。以上を取り居ゑしむ。此の外、密々に土器酬等を相具し、閑所に置きて取り出さず。伊勢物語の内の物なり。昏黒、雑の上の部、切り入れ了りて、各々退出す。此の間に、還りおはしますと云々。
※わたつみの
伊勢物語 八十七段
その夜、南の風吹きて浪いと高し。つとめて、その家の女の子どもいでて、浮き海松の浪に寄せられたるひろひて、家の内にもて来ぬ。
女方より、その海松を高杯にもりて、かしはをおほひていだしたる、かしはにかけり。
わたつみのかざしにさすといはふ藻も君がためにはをしまざりけり
ゐなかの人の歌にては、あまれりや、たらずや。
※ひじき物には袖を
伊勢物語 三段
むかし、をとこありけり。懸想じける女のもとに、ひじきもといふ物をやるとて、
思ひあらば葎の宿に寝もしなむひじきものには袖をしつゝも
二条の后の、まだ帝にも仕うまつりたまはで、ただ人にておはしましける時のことなり。
※藤の花
伊勢物語 百一段
むかし、左兵衛の督なりける在原の行平といふありけり。その人の家によき酒ありと聞きて、上にありける左中弁藤原の良近といふをなむ、まらうどざねにて、その日はあるじまうけしたりける。なさけある人にて、かめに花をさせり。その花のなかに、あやしき藤の花ありけり。花のしなひ、三尺六寸ばかりなむありける、それを題にてよむ。よみはてがたに、あるじのはらからなる、あるじしたまふと聞きて来たりければ、とらへてよませける。もとより歌のことはしらざりければ、すまひけれど、しひてよませければかくなむ、
咲く花の下にかくるる人を多みありしにまさる藤のかげかも
※武蔵あぶみ
伊勢物語 十三段
むかし、武蔵なる男、京なる女のもとに、「聞ゆれば恥づかし、聞えねば苦し」と書きて、うはがきに、「むさしあぶみ」と書きて、おこせてのち、音もせずなりにければ、京より、女、
武蔵鐙さすがにかけて頼むには問はぬもつらし問ふもうるさし
とあるを見てなむ、たへがたき心地しける。
問へばいふ問はねば恨む武蔵鐙かかるをりにや人は死ぬらむ
※餝ちまき
伊勢物語 五十二段
むかし、男ありけり。人のもとよりかざりちまきおこせたりける返りごとに、
あやめ刈り君は沼にぞまどひける我は野にいでて狩るぞわびしき
とて、雉をなむやりける。
二十三日。天晴る。…略。大府、総州、宗宣等あり。又切り継ぐ。…略
其の間、予、酒肴を儲くべし。待ち参りて、之を取り居ゑしむ。家長、清範等帰り来たりて之を見る。饗応の詞を加へ、取り破るべからず。見参に入るべき由、相議す。予、左右を答へず。遂に破らずして之を置く。長櫃(一)。酒肴の様、土高器を小さき折敷に居う。柏を敷き、海松を盛りて柏を覆ふ。其の柏に、わだつみのかざしにさすといはふももの歌を書く。又折敷に絵をかきて杯を居る。瓶子は、紅の薄様を以て口を裹み、実には鳥の汁を入る。花橘を文字木にて書く。花橘を懸子にて上に入れて、其の下を三重、中を分けて菓子六種を入る。ひじきを又外居に入る。ひじきの物には袖をの歌を書き、其の下に魚鳥六種を菓子の如くに入る。青き瓶は口を裹まず、藤の花を指す(糸を以て之を結ぶ。房、殊に長し)。件の瓶に酒を入る。檀紙(下絵)を立て文に作りて、其の中に箸を入れ(表書に、武蔵あぶみと書く)、外居に飯を入れ、其の上に餝ちまきを積み入れて、飯を隠して見せず。以上を取り居ゑしむ。此の外、密々に土器酬等を相具し、閑所に置きて取り出さず。伊勢物語の内の物なり。昏黒、雑の上の部、切り入れ了りて、各々退出す。此の間に、還りおはしますと云々。
※わたつみの
伊勢物語 八十七段
その夜、南の風吹きて浪いと高し。つとめて、その家の女の子どもいでて、浮き海松の浪に寄せられたるひろひて、家の内にもて来ぬ。
女方より、その海松を高杯にもりて、かしはをおほひていだしたる、かしはにかけり。
わたつみのかざしにさすといはふ藻も君がためにはをしまざりけり
ゐなかの人の歌にては、あまれりや、たらずや。
※ひじき物には袖を
伊勢物語 三段
むかし、をとこありけり。懸想じける女のもとに、ひじきもといふ物をやるとて、
思ひあらば葎の宿に寝もしなむひじきものには袖をしつゝも
二条の后の、まだ帝にも仕うまつりたまはで、ただ人にておはしましける時のことなり。
※藤の花
伊勢物語 百一段
むかし、左兵衛の督なりける在原の行平といふありけり。その人の家によき酒ありと聞きて、上にありける左中弁藤原の良近といふをなむ、まらうどざねにて、その日はあるじまうけしたりける。なさけある人にて、かめに花をさせり。その花のなかに、あやしき藤の花ありけり。花のしなひ、三尺六寸ばかりなむありける、それを題にてよむ。よみはてがたに、あるじのはらからなる、あるじしたまふと聞きて来たりければ、とらへてよませける。もとより歌のことはしらざりければ、すまひけれど、しひてよませければかくなむ、
咲く花の下にかくるる人を多みありしにまさる藤のかげかも
※武蔵あぶみ
伊勢物語 十三段
むかし、武蔵なる男、京なる女のもとに、「聞ゆれば恥づかし、聞えねば苦し」と書きて、うはがきに、「むさしあぶみ」と書きて、おこせてのち、音もせずなりにければ、京より、女、
武蔵鐙さすがにかけて頼むには問はぬもつらし問ふもうるさし
とあるを見てなむ、たへがたき心地しける。
問へばいふ問はねば恨む武蔵鐙かかるをりにや人は死ぬらむ
※餝ちまき
伊勢物語 五十二段
むかし、男ありけり。人のもとよりかざりちまきおこせたりける返りごとに、
あやめ刈り君は沼にぞまどひける我は野にいでて狩るぞわびしき
とて、雉をなむやりける。