歎く。みちのほとりをみれば車にのるべきは馬に
のり衣冠布衣なるべきは多くひだれを着た
り。みやこの條里忽にあらたまりてたゝひなびたる
ものゝふにことならず。世の乱るゝ瑞相と○ける
もしるく日をへつゝよの中つきたちて人の心も
さだまらず。民の愁へついにむなしからざれば
同年の冬猶この京に帰り○ふき。されどこぼち
わたせし家どもはいかなる○○との
○○○○○つたへきく古のかしこき御代には
憐みをもちて國をおさめ給ふ。即みどのにかやを○
(前田家本)
嘆く。道の辺を見れば、車に乗るべきは馬に
乗り、衣冠布衣なるべきは、多く直垂を着た
り。都の条理、忽ちに改まりて、ただ鄙たる
武士に異ならず。世に瑞相とか聞ける
も著く、日を経つつ、世の中つき立ちて、人の心も
治まらず。民の憂へ、遂には空しからざりければ、
同じき年の冬、猶この京に帰り給にき。されども、毀ち
渡せりし家どもは、如何になりにけるにか、悉く元の樣に
しも造らず。伝へ聞く、いにしへのかしこき御世には、
憐れみを持ちて國を治め給。即ち、御殿に茅
(大福光寺本 )
ナケク。ミチノホトリヲミレハ車ニノルヘキハ馬ニ
ノリ衣冠布衣ナルヘキハ多クヒタゝレヲキタ
リ。ミヤコノ手振里タチマチニアラタマリテタゝヒナタル
モノゝフニコトナラス。世ノ乱ルゝ瑞相トカキケル
モシルク日ヲヘツゝ世中ウキタチテ人ノ心モ
ヲサマラス。タミノウレヘツヰニムナシカラサリケレハ
ヲナシキ年ノ冬ナヲコノ京ニ帰リ給ニキ。サレトコホチ
ワタセリシ家トモハイカニナリニケルニカ悉クモトノ様ニ
シモツクラス。ツタヘキクイニシヘノカシコキ御世ニハ
アハレミヲ以テ国ヲゝサメ給フ。スナハチ殿ニカヤ