たとへしなくながめしをれさせ給へる夕暮に、沖の方にいと小さきこの葉の浮かべると見えて漕ぎくるを、あまのつりぶねと御覽ずる程に、都よりの御せうそこなりけり。
すみぞめのおんぞ、夜の御ふすまなど、都の夜寒に思ひやり聞こえさせ給ひて、七條院より參れる御ふみひきあけさせ給ふより、いといみじく御胸もせきあぐる心地すれば、やゝためらひて見給ふに、
あさましく、かくて月日へにけること。今日明日とも知らぬ命の内に、今一たびいかでみたてまつりてしがな。かくながらは死出の山路も越えやるべうも侍らでなん
など、いと多く亂れ書き給へるを、御顏に押し当てゝ
たらちねのきえやらで待つ露の身を風より先にいかでとはまし
やほよろづ神もあはれめたらちねのわれ待ちえんと絶えぬ玉のを
※海人の釣り舟
わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人のつり舟 小野篁 古今集
※死出の山路
昨日まてちよとちきりし君をわかしての山ちにたつぬへきかな 藤原師輔 後撰集
さりともとなほ逢ふことを頼むかな死出の山路を越えぬ別は 西行法師 新古今
※たらちねの 後鳥羽院が出雲の大浜湊から七条院へ送った歌と吾妻鏡にある。
八重にほふ軒端の櫻うつろひぬ風よりさきに訪ふ人もがな 式子内親王
※絶えぬ玉の緒
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする 式子内親王