はつかりのつばさにつけつゝ、ここかしこよりあはれなる御せいそこのみ常はたてまつるを御覽ずるに、あさましういみじき御涙のもよほしなり。家隆の二位は、新古今の撰者にも召し加へられ、おほかた歌の道につけてもむつまじく召し使ひし人なれば、夜ひる恋ひ聞ゆる事限りなし。かの伊勢よりすまにまゐりけんも、かくやと覺ゆるまで、巻き重ね、書きつらね參らせたり。
わかどころの昔の面影數々に忘れ難う
など申して、つらき命の今日まではべることの恨めしきよしなど、えもいはずあはれ多くて
寝覺めして聞かぬを聞きてわびしきは荒磯なみのあかつきの聲
とあるを、法皇もいみじとおぼして、御袖いたくしぼらせ給ふ。
なみまなきおきの小島の浜さびしひさしくなりぬ都へだてゝ
こがらしの隠岐のそま山吹きしをり荒くしをれて物思ふころ
折々よませ給へる御歌どもをかき集めて、修明門院へたてまつらせ給ふ。その中に
みなせやまわがふるさとは荒れぬらんまがきは野らと人も通はで
かざし折る人もあらばやことゝはん隠岐のみ山に杉は見ゆれど
限りあればさてもたへける身のうさよ民のわらやに軒を並べて
かやうのたぐひ、すべて多く聞こゆれど、さのみは年の積もりにえなん。今また思ひいでばついで求めてとて。
※初雁の翼につけつつ
はつ雁の翼につけて雲居なる人の心を空に知るかな 堀河院御時百首
※夜昼恋ひ聞こゆる
益荒男の現し心も我れはなし夜昼といはず恋ひしわたれば 万葉集巻第十一 柿本朝臣人麻呂之歌集出
※伊勢よりすまにまゐりけんも、かくやと
源氏物語 須磨
まことや、騒がしかりしほどの紛れに漏らしてけり。かの伊勢の宮へも御使ありけり。かれよりも、ふりはへ尋ね参れり。浅からぬ ことども書きたまへり。言の葉、筆づかひなどは、人よりことになまめかしく、いたり深う見えたり。…ものをあはれと思しけるままに、うち置きうち置き書きたまへる白き唐の紙、四、五枚ばかりを巻き続けて、墨つきなど見所あり。
※寝覚めして
壬生二集 雑歌
※波間無き
浪まより見ゆるこ舟の浜ひさ木ひさしく成りぬ君にあはずて よみ人しらす 拾遺集 伊勢物語 万葉集巻第十一
※みなせやま
里は荒れて人はふりにし宿なれや庭も籬も秋の野良なる 僧正遍昭 古今集
※かざし折る
かざしをる三輪の繁山かき分けて哀とぞ思ふ杉立てる門 殷富門院大輔 新古今集