増鏡 第二 新島守 新島守
このおはします所は、人離れ里遠き島の中なり。海づらよりは少しひきいりて、山かげにかたそへて、大きやかなるいはほのそばだてるをたよりにて、松の柱にあしふけるらうなど、けしきばかりことそぎたり。 まことにしばのいほりのたゞしばしと、かりそめに見えたる御やどりなれど、さるかたになまめかしくゆゑづきてしなさせ給へり。...
View Article増鏡 第二 新島守 隠岐の春
年もかへりぬ。ところ/"\浦々、あはれなる事をのみおぼし歎く。 佐渡の院あけくれ御行ひをのみし給ひつゝ、なほさりともとおぼさる。 おきには、浦よりおちのはる/"\と霞み渡れる空をながめ入りて、過ぎにし方かきつくしおもほしいづるに、ゆくへなき御涙のみぞとゞまらぬ。 うらやまし長き日影の春にあひて鹽汲むあまもそでやほすらん ※うらやまし いととしくすきゆく方のこひしきにうら山しくも帰浪哉 伊勢物語...
View Article増鏡 第二 新島守 隠岐の夏
夏になりてかやぶきの軒ばにさみだれのしづくいと所せきも、御覽じなれぬみこゝちに、さまかはりてめづらしく思さる。 あやめふくかやが軒ばに風過ぎてしどろに落つるむらさめのつゆ ※あやめふく 玉葉集 夏歌 風吹けばしどろに見ゆる葛の葉の影定まらぬ夏の夜の月 金葉集初度 ふみしたきあさゆくしかや過ぎつらむしとろにみゆる野ぢのかるかや 藤原道経 千載集 玉水もしどろの軒のあやめ草五月雨ながら明くる幾夜ぞ...
View Article増鏡 第二 新島守 隠岐の秋
初秋風のたちて、世の中いとゞ物悲しく露けきさまさるに、いはんかたなくおぼしみだる ふるさとを別れぢにおふるくずの葉の秋はくれどもかへる世もなし 秋風の吹きうらかへすくずのはのうらみても猶うらめしきかな 平貞文 古今集 秋風になびきながらも葛の葉のうらめしくのみなどか見ゆらむ 叡覚法師 後拾遺集 葛の葉のうらみにかへる夢の世を忘れがたみの野べのあきかぜ 皇太后宮大夫俊成女 新古今
View Article増鏡 第二 新島守 都よりの消息
たとへしなくながめしをれさせ給へる夕暮に、沖の方にいと小さきこの葉の浮かべると見えて漕ぎくるを、あまのつりぶねと御覽ずる程に、都よりの御せうそこなりけり。 すみぞめのおんぞ、夜の御ふすまなど、都の夜寒に思ひやり聞こえさせ給ひて、七條院より參れる御ふみひきあけさせ給ふより、いといみじく御胸もせきあぐる心地すれば、やゝためらひて見給ふに、...
View Article増鏡 第二 新島守 雁信
はつかりのつばさにつけつゝ、ここかしこよりあはれなる御せいそこのみ常はたてまつるを御覽ずるに、あさましういみじき御涙のもよほしなり。家隆の二位は、新古今の撰者にも召し加へられ、おほかた歌の道につけてもむつまじく召し使ひし人なれば、夜ひる恋ひ聞ゆる事限りなし。かの伊勢よりすまにまゐりけんも、かくやと覺ゆるまで、巻き重ね、書きつらね參らせたり。 わかどころの昔の面影數々に忘れ難う...
View Article歌論 無名抄 周防内侍家事
又、周防内侍、 われさへ軒の忍草 とよめるいへは、冷泉堀川の北と西との隅也。 ※われさへ軒の 金葉集 雑歌上 家を人にはなちて立つとて、柱にかきつけける 住み侘びて我さへのきの忍草しのぶかた/"\繁き宿かな 周防内侍集 もろともにありしは、はらからなどもみなゝくなりて、心ぼそくおぼえて、すみうきたびところにわたりてほとけなどくやうするに、くさなどもしげくみえしかば...
View Article歌論 無名抄 連がら善悪事
歌はたヾ同ことばなれども、つヾけがらいひがらにてよくもあしくも聞ゆるなり。彼の友則が歌に 友まどはせる千鳥なくなり といへる優にきこゆるを同じ古今の戀の歌の中に 戀しきに詫びて玉しゐまどひなば といひ、又 身のまどふだに知られざるらん...
View Article歌論 無名抄 猿丸大夫墓事
或人云 たなかみの下にそつかと云所あり。そこに猿丸大夫がはかあり。庄のさかいにて、そこの券に書きのせたれば、みな人知れり。 ※曾束 滋賀県大津市大石曽束。 ただし、方丈記には、 若ハ又アハツノハラヲワケツゝ、セミウタノヲキナカアトヲトフラヒ、タナカミ河ヲワタリテ、サルマロマウチキミカハカヲタツヌ。 と田上川(大戸川)を渡らないと行けない。 滋賀県大津市里付近ではないかないか。
View Article歌論 方丈記 和琴起事
或人云 和琴のおこりは、弓六張を引ならして、是を神樂にもちゐけるを、わづらはしとて、後の人のことに作り移せると申し傳へたるを、上總國の濟物のふるきしるし文のなかに「弓張帳」と書て、注に「御神樂のれふ」とかけり とぞ。いみじき事也。
View Article青獬眼抄 安元の大火
一 大燒亡事 後録記云。安元三年丁酉四月廿八日丁酉。天晴。今日亥剋燒亡。 積百十餘町。 先大學寮。次應天門并東西樓。此間眞言院燒亡。自應天門移會昌門。次移大極殿燒亡。其間東西廊燒亡。大極殿焼亡。神祇官大膳職共燒亡。此間又式部省又民部省焼亡。又右兵衞府典藥寮門等四足燒亡。此後朱雀門燒亡。 勸學院大學寮(但廟堂并門許所殘也)同時燒亡。大内結政一本御書所陰陽大炊寮官廳等財遁了。中和院先年燒亡。...
View Article史料綜覽 安元の大火
治承(安元)元年四月 廿八日 京師火アリ。延キテ、大内ニ及ビ、大極殿、八省院、會昌門、應天門、朱雀門、神祗官、民部省、主計寮、主税寮、眞言院、主水司、大膳職、大學寮、勸學院、關白基房以下公卿邸第十四、其他、坊市二萬餘家災シ、燒死者數千人アリ。權大納言藤原邦綱ノ正親町第ニ行幸シテ、之ヲ避ケ給フ。 廿九日 大極殿ノ災ニ依リテ、廢朝ス。是日、閑院ニ還幸アラセラル。
View Article百練抄 安元の大火
廿八日。亥刻、火起自樋口富小路。火焔如飛。八省、大極殿、小安殿、青龍白虎樓、應天會昌朱雀門、神祇官八神殿、眞言院、民部省、式部省、南門、大膳職、勸學院等拂地燒亡。大内免其難。此外公卿家十餘家灰燼。皇居閑院依近々主上駕腰輿。行幸正親町邦綱卿第。凡東限富小路東、西限朱雀西、南限樋口、北限二條。凡百八十餘町。此中家不知幾萬家。希代火灾也。近年連々有火事變異。果而如此。
View Article新古今和歌集断簡 恋歌三 宗梅
題不知 高倉院御哥 けさよりハいとゝ於もひをたきましてなけきこりつむ逢坂の山 初會戀の心於 俊頼朝臣 あしのやの志川者多帯の可多結心やすくも打とくる可那 題不知 読人不知 可里そめ尓ふしミのべ乃草枕露可ゝ里きと人尓可多留な 新古今和歌集 第十三 戀歌三 題しらず 高倉院御歌...
View Article俳諧連歌 歌仙 詩商人 其角
芭蕉一座連句 139巻 歌仙 しあきんと 其角 天和二年歳暮 1 しあきんととしをむさほるさかてかな 表 詩商人年を貪る酒手哉 冬2 とうこひくれてうまにのするこひ 冬湖日暮て駕馬に乗する鯉 冬3 ほこにふきえひすにせきをゆるすらん 戈鈍き蝦夷に関を許すらん 雑4 さみせんひとのおにをなかしむ 三絃人の鬼を泣かしむ 雑5 つきはそてこほろきねむるひさのうへに 月は袖蟋蟀眠る膝の上 月6...
View Article歌論 徒然草 第14段 和歌こそ、なほをかしきものなれ
和歌こそなほをかしきものなれ。あやしのしづ山がつのしわざも、言ひ出でつればおもしろく、おそろしき猪のししも「ふす猪の床」と言へば、やさしくなりぬ。 この比の歌は、一ふしをかしく言ひかなへたりと見ゆるはあれど、古き歌どものやうに、いかにぞや。ことばの外に、あはれに、けしき覚ゆるはなし。...
View Article