明月記 元久元年
八月
二十二日。天晴る。左金吾の亭に向ふ。近日家長等讒言し、天気不快の事多く、告げ示さる。予、御点の歌等を謗り、歌の善悪一身に弁へ存ずる由、誇張の気有りと云云。新大納言之を聞きて云ふ。彼の身、和歌に於て自讚の気色あり。猶以て奇怪に処せらる。世上恐るべしと云々。午の時許りに御所に参ず。例の出でおはしまし了んぬ。退出するの次で、大丞に謁し帰宅する。
左金吾:西園寺公経
八月
二十二日。天晴る。左金吾の亭に向ふ。近日家長等讒言し、天気不快の事多く、告げ示さる。予、御点の歌等を謗り、歌の善悪一身に弁へ存ずる由、誇張の気有りと云云。新大納言之を聞きて云ふ。彼の身、和歌に於て自讚の気色あり。猶以て奇怪に処せらる。世上恐るべしと云々。午の時許りに御所に参ず。例の出でおはしまし了んぬ。退出するの次で、大丞に謁し帰宅する。
左金吾:西園寺公経