梅枝
428 朝顔斎院 花の香は散りにし枝に止まらねど移らむ袖に浅く染まめや
はなのかはちりにしえたにとまらねとうつらむそてにあさくしまめや
429 源氏 花の枝にいとど心を染むるかな人の咎めむ香をば包めと
はなのえにいととこころをしむるかなひとのとかめむかをはつつめと
430 蛍兵部卿宮 鶯の声にやいとど憧れむ心占めつる花の辺りに
うくひすのこゑにやいととあくかれむこころしめつるはなのあたりに
431 源氏 色も香も移るばかりにこの春は花咲く宿を離れずもあらなむ
いろもかもうつるはかりにこのはるははなさくやとをかれすもあらなむ
432 柏木 鶯の塒の枝も靡くまで猶吹き通せ夜半の笛竹
うくひすのねくらのえたもなひくまてなほふきとほせよはのふえたけ
433 夕霧 心ありて風の避くめる花の木に取り遭へぬまで吹きや寄るべき
こころありてかせのさくめるはなのきにとりあへぬまてふきやよるへき
434 紅梅 霞だに月と花とを隔てずは塒の鳥も綻びなまし
かすみたにつきとはなとをへたてすはねくらのとりもほころひなまし
435 蛍兵部卿宮 花の香を枝ならぬ袖に移してもこと誤りと妹や咎めむ
はなのかをえならぬそてにうつしもてことあやまりといもやとかめむ
436 源氏 珍しと故郷人も待ちぞみむ花の錦を着て帰る君
めつらしとふるさとひともまちそみむはなのにしきをきてかへるきみ
437 夕霧 つれなさは憂き世の常になりゆくを忘れぬ人や人に異なる
つれなさはうきよのつねになりゆくをわすれぬひとやひとにことなる
438 雲居雁 限りとて忘れ難きを忘るるもこや世に靡く心なるらむ
かきりとてわすれかたきをわするるもこやよになひくこころなるらむ
藤裏葉
439 頭中将 我が宿の藤の色濃き黄昏に尋ねやは来ぬ春の名残を
わかやとのふちのいろこきたそかれにたつねやはこぬはるのなこりを
440 夕霧 中々に折りや惑はむ藤の花黄昏時のたどたどしくは
なかなかにをりやまとはむふちのはなたそかれときのたとたとしくは
441 頭中将 紫にかごとは掛けむ藤の花待つより過ぎてうれたけれども
むらさきにかことはかけむふちのはなまつよりすきてうれたけれとも
442 夕霧 幾返り露けき花を過ぐしきて花の紐解く折りにあふらむ
いくかへりつゆけきはなをすくしきてはなのひもとくをりにあふらむ
443 柏木 手弱女の袖に紛へる藤の花見る人からや色も勝らむ
たをやめのそてにまかへるふちのはなみるひとからやいろもまさらむ
444 雲居雁 浅き名を言ひ流しける河口は如何漏らしし堰の荒垣
あさきなをいひなかしけるかはくちはいかかもらししせきのあらかき
445 夕霧 漏りにける岫田の関を河口の浅きにのみは負ふせざらなむ
もりにけるくきたのせきをかはくちのあさきにのみはおほせさらなむ
446 夕霧 咎むなよ忍びに搾る手もたゆみ今日現るる袖の滴を
とかむなよしのひにしほるてもたゆみけふあらはるるそてのしつくを
447 夕霧 何とかや今日の挿頭よかつ見つつ覚めくまでもなりにけるかな
なにとかやけふのかさしよかつみつつおほめくまてもなりにけるかな
448 藤典侍 挿頭してもかつ辿らるる草の花桂を折し人や知るらむ
かさしてもかつたとらるるくさのなはかつらををりしひとやしるらむ
449 夕霧 浅緑若葉の菊を露にても濃き紫の色と掛けきや
あさみとりわかはのきくをつゆにてもこきむらさきのいろとかけきや
450 大輔乳母 双葉より名だるる園の菊なれば浅き色わく露もなかりき
ふたはよりなたたるそののきくなれはあさきいろわくつゆもなかりき
451 夕霧 汝こそは岩守る主見し人の行方は知るや宿の真清水
なれこそはいはもるあるしみしひとのゆくへはしるややとのましみつ
452 雲居雁 亡き人の影だに見えずつれなくて心を遣れるいさら井の水
なきひとのかけたにみえすつれなくてこころをやれるいさらゐのみつ
453 頭中将 その上の老木はむべも朽ちぬらむ植ゑし小松も苔生ひにけり
そのかみのおいきはうへもくちぬらむうゑしこまつもこけおひにけり
454 宰相乳母 何れをも蔭ぞと頼む双葉より根挿し交はせる松の末々
いつれをもかけそとたのむふたはよりねさしかはせるまつのすゑすゑ
455 源氏 色勝る籬の菊も折々に袖打ち掛けし秋を恋ふらし
いろまさるまかきのきくもをりをりにそてうちかけしあきをこふらし
456 頭中将 紫の雲に紛へる菊の花濁り無き世の星かとぞ見る
むらさきのくもにまかへるきくのはなにこりなきよのほしかとそみる
457 朱雀院 秋を経て時雨降りぬる里人も係る紅葉の折をこそ見ね
あきをへてしくれふりぬるさとひともかかるもみちのをりをこそみね
458 冷泉帝 世の常の紅葉とやみる古の例に引ける庭の錦を
よのつねのもみちとやみるいにしへのためしにひけるにはのにしきを