尾張廼家苞 三
堂にとまりてよみ侍ける まれにくるよはもかなしき松風を絶ずや苔の下に聞らん まれに来てきくだに悲しき此松風の音を、苔の下 にて、夜ごとに絶ずや聞らんと也。 こゝろざしあはれ なるうたなり。 十月ばかり、水無瀬におはしましゝ此、前大僧正 慈圓のもとへ、ぬれてしぐれのなど申つかはして、 つきのとしの神無月、無常の御哥あまたよみ 給てつかはし侍りし中に。 太政天皇御製 おもひ出る折たく柴の夕煙むせぶもうれし忘れがたみに思ひ出る折ふしといひかけ給へる也。忘がたみは煙となりし かたみ也(詞書の意は、御おもひ深かりける女にわかれさせ給ひて、御なげきの(御)意ばへを ぬれてしぐれのといふ歌によませ給ひて、慈圓僧正に給ひし也。さて一年 をへて、又其ころかの女の事をおぼし出て、無常の哥あまたよみ給ひて、又慈圓僧 正のもとへ給はせし也。一首の意は、なき人を、おもふ折から、折たく柴の夕ぐれの烟に 人のかたみとおもへばとなり。) 御かへし 前大僧正慈圓 おもひ出る折たく柴ときくからに乱しられぬ夕けぶり哉 (下句は、夕けぶりのごとく、みこゝろ乱れておはしまさんと也。 みだれしられぬとは、御心のみだれの限しられぬといふ事なるべし。) 雨中無常 太政天皇御製 なき人のかたみの雲やしぐるらん夕の雨に色はみえねど 朝雲暮雨の意なり。又初二句はけぶりとなりし
なごりの雲の意をもかね給へり。一首の意は、なき人の野べの煙 が、果は雲となりて其雲より 此しぐれはする事か。夕ぐれに雨中の事にて、かきくもりて 物のあやめはみえねどもと也。あはれにこゝろぐるし。 権中納言道家卿ノ母かくれ侍にける秋摂政のもと につかはしける 俊成卿 かぎりなきおもひのほどの夢の中はおどろがさじと歎こし哉 ほどのうちはといへるかさなりて聞ぐるし(この難はいはれたり とおぼし、其故は 一二ノ句かぎりなきおもひのほどのとあるは、俗に忌中といふにあたる、四十九日間 の事なるべし。ほどは中の字の字の義にあたる。三ノ句夢の中はは、おもひにくれたるが、夢 のやうなる事にて、俗に夢中といふ。これ又中の字の義なればぞかし。 されどほどゝうちと詞のかはりたるうへは、かくもなどかよまざらん。)結句も くちをし。(これはしからず。いとつき/"\しき詞なり。一首の意は限りなき御おもひ の日比は、いかにととぶらひおどろかしたてまつらば、却て御おもひのます わざなれば、我身ひとつに歎息 して、月日を過したりと也。)
かへし 摂政 みし夢にやがてまぎれぬ我身こそとはるゝけふもまづ悲しけれ 若紫巻、見ても又あふ夜まれなる夢の中にやがて まぎるゝ我身ともかな。(夢にまぎるゝ の出所なり。)みし夢とは人の 夢のごとはかなくなりしをいふ。やがてはそのまゝに也。(俗に直 にといふ。 上方にてはつひといふ。其時直ニ其夢に まぎれてわれも共にしなざりし也。 )まぎるゝ其夢と共にはか なくなるをいふ。(一首の意は、夢のごとく死にたる人に直に一所ニえしなざりし わが身の事が常〃悲しいニ。かやうに人にとはるゝけふとtも、 まず一番にそれが悲しいと也。 わが命のいとはしきなり。) 無常の心を 西行法師 いつなげきいつおもふべきことなれば後の世しらで人のすぐ覧