尾張廼家苞　哀傷歌４

尾張廼家苞　三 （初句は、後生悪趣におつる事をなげく也。二ﾉ句は、後生善所に生ぜん事をおもふ也。 　おもふとは憶念皈命の義。一首の意は、等活無間の苦患をなげき、等覚妙覚の 　樂果をねがふも、いつすべきことぞ。みな今生の業也。今生は老少不定なれば、たゞ 　今すべき業なるを、後生ともしらずして、世上の人の月日をむなしく過る事と也。 　釈教の哥にとりては、 　かばかりなるはめでたし。 　　　　　　　　　　　　　　　慈円大僧正 みな人のしりがほにしてしらぬ哉かならずしぬるならひ有とは 　一首の意は、世間の人がみな人間は必、しぬるならひのある事とは、知た顔するする事なれども、 　実にはしらぬ事ぞ。もし知たらば、後世のいとなみをすべきﾆ、さもあらぬはとなり。 きのふみし人はいかにとおどろけば（ど）猶ながき夜の夢にぞ有ける 　三の句どをばとある本はひが写しなり。（驚けどゝある本もあるべしされど 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　今校する所七八本みなばなり。） 　ばにてはきこえず。（ばにてもき 　　　　　　　　　　　　　　こゆるなり。）きのふまで世にありし人の、 　けふはなくなりたるをば、こはいかにとおどろきながらも、 　なほえ無常をさとらず、長き夜の夢にまよひゐるよと 　也。長き夜の夢佛經の詞なり。おどろけどゝいひて、猶長き 　夜の夢といへる面白し。（夢と驚くと、 　　　　　　　　　　　　　　　　　上下に有と也。）人はといへるはもじの意は、 　ひとのうへをばの意なり。（ばとある本の意は、きのふ見たりし人を、けふは、 　　　　　　　　　　　　　　　　　　その人が死しか夫は何としたる事ぞと、おどろく習 　なれば、やはり浮世は長夜の夢といふ物ぞと也。どゝある本によられたる、みのゝ 　家づとの説もきこえはすれど、なをばとある本ぞまさりたるべき） よもぎふにいつかおくべき露の身はけふの夕ぐれあすの曙 　二の句にてきれたり。（三一二（句）四（句）五（句）と 　　　　　　　　　　　　　　　　かくの如く続きたり。　　　　　）夕ぐれあけぼのともに 　露の縁也。（よもぎふにいつかおくべきは、いつか死て野べに葬られんといふ事。 　　　　　　　　　露の身とは、もろき人の命をいふ。一首の意は、かくもろき人の命は、 　いつ死て野べに葬らるゝことやらん。けふの夕ぐれか、あすの明仄 　かと也。これらの歌唐詩の對結の句法に似たるにや。 我もいつぞあらましかばとみし人を忍ぶとすればいとゝそひ行
　拾遺、世中にあらましかばとおもふ人なきが多くもなりにける 　哉。あらましかばと思ふとは、其人の世ﾆあらば、とあらんかくあらんと、事 　にふれて思ひ出るといふ。（生てゐたらばよかろう 　　　　　　　　　　　　　　にとおもひ出る也。）此歌の二ﾉ句のともじは、忍ぶ 　といふへかゝれり。みし人をあらましかばとしのぶ也。（いかでか然らん。たゞ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　二三とつゞけて 　心うべし、此注い 　とよしなし。　　）結句は本歌の下句の心にて、我もいつ其数に 　いらむと也。（下句ばかりの意といふはなき事なる事、前にもいへり。さ 　　　　　　　　て此歌にも本歌にも、結句に我もいつその人かずにいらんといふ 　事はなし。此歌の初句 　は、其心にはありける。）いつぞとは前の哥の蓬生にいつか 　置べきの意とおなじ。（蓬生にいつか置べきとは、死て野に葬る 　　　　　　　　　　　　事。これもしぬる事にはあれど、野に葬る心なし。 　いかなる説を立らるゝならん。一首の意は、我も死ていつ其人かずにいるであろう 　ぞ。此世に生てをるならばとおもふ人を恋したふまに、其数が段〃とそふと也。） 　　前参議教長、高野にこもりゐて侍けるが、病かぎり
　　になりぬときゝて頼輔卿まかりけるほどに身 　　まかりぬときゝてつかはしける 　　　　　　　　　　　　　　　寂蓮 尋来ていかにあはれとながむらん跡なき山の峰の白雲 　詞書、頼輔卿は、教長卿の兄なり。初句、来ては行ての 　意也。（かくの如し。されど行てといふべきを来てといひては 　　　　　　いかゞ也。など字餘りに尋行てとよまれざりけん。）すべて今の詞 　ならば、行てといふべきを、昔はきてえといへる多し。（昔とて 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　も来て 　は来て也。行ては行て也。 　いかでか相混雑せん。　）嶺のしら雲は、烟となりし餘波の 　意あるべし。（一首の意、高野山にて跡なくなりし人の、終の煙 　　　　　　　　　　　のなごりが、峰の白雲である。それを尋行て見 　て、いかに哀とながめ 　たまひけんとなり。