入道前関白右大臣に侍ける時百首哥に郭公
むかしおもふ草の庵のよるの雨になみだなそへそ山ほとゝぎす
めでたし。上句詞めでたし。初句は、世に在し昔をおもふ
也。二三の句は、白樂天が詩の句によれり。よるの雨に涙なそへそ、
面白し。此歌、ふるき註共皆ひがごとなり。
雨そゝぐ花たちばなに風すぎて山ほとゝぎす雲になくなり
結句、雲は雨によせはあれども、なくてあらまほし。すべてこの哥
雨風雲おの/\はなれて、くだ/\し。
百首哥奉りし時夏歌の中に 民部卿範光
時鳥なほ一こゑはおもひいでよおいそのもりの夜はのむかしを
後拾遺に、大江公資、√東路の思ひでにせん時鳥おいその杜のよはの一
聲。とあるによれり。よはに一聲聞つとよめる、其昔を思ひ出て、
猶今も一聲なけと也。三の句もかの哥の詞によれり。平家物
語に、此哥のこと見えたり。
千五百番歌合に 摂政
有明のつれなく見えし月はでぬ山ほとゝぎすまつ夜ながらに
初二句は、古哥の詞によりて。見えしは、此哥にては、月の見えたるには非ず。出やら
ぬ氣色の、つれなく見えし也。有明の月に、つれなしと云は、常は、よの明て
も、つれなく残れるをよむを、是は出やらぬ方にいひなして、時鳥のまて
ど鳴ぬ方へひゞかせたり。結句、ながらに、時鳥はいまだなかで、まつよの
まゝなるに、といふ意なり。
後德大寺左大臣家十首の哥に 俊成卿
我こゝろいかにせよとてほとゝぎす雲間の月のかげになくらん
哥のさま、西行めきたり。初二句の意のせちなるに合せては、下はさしもあ
あらず、上下よくかへりとも聞えず。又月にとあらまほしきを、月の影に
もわろし。√よはの雲間の月に、などあらばや。初二句を古き抄に面白き
方に註せるは、ひがごと也。あはれにたへざる意に社あれ。
杜間郭公 藤原保季朝臣
過にけりしのだの杜のほとゝぎすたえぬ雫を袖にのこして
下句詞めでたし。絶ぬ雫、しのだの杜に似つかはし。
題しらず 家隆朝臣
いかにせんこぬよあまたのほとゝぎすまたじと思へば村雨のそら
いとめでたし。詞めでたし。本哥√たのめつゝこぬよあまたになりぬれば
またじとおもふぞまつにまされる。 ほとゝぎすには、來
ぬ夜は、すこしいかゞなるうやうなれども、これは本哥の
詞によりたれば、防なし。 此集のころ、いかにせん
とおけるうた、いと多き、下にかなはざるが多きを、此哥
などは、此詞いとよくかなひて聞ゆ。 建仁二年水
無瀬殿哥合に、寄風戀雅經、√今はたゞこぬ夜あまた
のさよふけてまたじと思ふに松風の聲、とあるは、
よく似て、いたくおとれり。