尾張廼家苞 四之上
心なりけり。(此古歌と初二句は全くおなじけれど、其同じきはたま/\ にて、すべて相あづからず。此歌は本哥をとりし歌にあらず。) 上句に此本歌のすべての意をこめてよませ給へるなる べし(すべて本歌は、きはやかなる詞をとる 事也。かくむづかしきとりやうはなし。)さればたゞあらまし とは、本歌のなれぬる物は心なりといへるによれり。(むづかし くてき こえが たし。 )すべてあらましとは、ゆくさきのことをとせむかくせ んとおもひまふ(う)くるといへり。(あらましの解はよろしけれど、なれぬる 物は心なりを、おもひ儲くるといひては聞 えぬ 事也.)上ノ句の意は、あはん/\と年をへて、心に思ひ馴ぬるかひや なき也。三ノ句かひもなく、又かひぞなき事とはあらで、やとある は、末つひにかひなくてやゝみなむの意なり。(かくのごとし猶 いはゞ一首の意あ はん/\とおもひて,年月へたるかひがなき事か,しらぬ.あらましごとには,つねにいつの夕ぐれ /\とおもひ馴たるがと也。やもじはかひがなき事かしらぬのかもじにあたれり。)
百首歌の中に忍恋 式子内親王 玉の緒よたえなばたえねながらへばしのぶることのよわりもぞする もぞのてにをはの意,言葉の玉の緒にいへるが如し.(一首の意,百人一首抄に いへるがごとし。) わすれては打なげかるゝ夕かな我のみしりてすぐる月日を 初句は、我のみしりて、其人はしらぬ事といふことを忘れては也。 とぢめのをはなる物をのこゝ也。(一首の意は、恋しうおもふといふ事を 人にはえいはでひたすらわが心 なる事を忘れては、人のしりたる事の やうに夕ぐれには打なげかるゝと也。) 我こひはしる人もなしせく床のなみだもらすなつげの小枕 本歌、我こひは人しるらめや敷妙の枕のみこそしら ばしるらめ。まくらより又しる人もなき物を涙せきあへず もら
しつる哉。(一首の意は、我こひは世上にしる人もない、もししれゝば涙から しれるであらうほどに、つげの小枕よ、涙をもらさぬやうにせよと也。 百首歌よみ侍ける時忍戀 入道前関白太政大臣 しのぶるに心のひまはなけれども猶もる物はなみだ也けり (一首の意は、人にかくし忍るに、心に油断はせぬ けれども、それでも人めにもる物は涙ぞと也。) 百首歌奉りしに 摂政 かぢをたえゆらのみなとによる舟のたよりもしらぬ沖津潮風 本歌、ゆらの戸をわたる舟人かぢをたえ行ゑもし らぬ恋のみちかな 云々。湊による 便もしらぬといへるのみにて、さのみ本歌の意にことなる 事もなきはいかにぞや。(本歌と心はいたく殊なる事もなけれど、詞つゞき いと殊なり。此歌のめでたきは、たよりもしらぬ沖 津汐風など、いふあたりのめでたき也。さる詞本歌にはなきを、いかにぞやとはいかに ぞや。さてよる舟のは、よらんとする舟のといふ事。沖津汐風は、湊へよりがたき趣。初句 此句に)
(相應せり。沖津汐風にてかぢをたえて、ゆらのみなとによる舟のごとく、いひよる べき便もなしと也。五一二三は序。こゝろは四の句にあり。五ノ句はいひよるべきことか たきいきほひをみせ、初句は 便なき趣をそえたり。 ) 題しらず 式子内親王 しるべせよ跡なき浪にこぐ舩の行へもしらぬ八重のしほ風 本歌、しらなみの跡なき方に行舩も風ぞ便のしる人 なりける。これも本歌とことなる意なし。(げにこの歌をとり たれば、詞は似たる所 あれど、趣は清く別義なるを、いかにいはるゝにかあらん。 とにかく本哥によりたる哥には、子細をいはるゝ也。 )そのうへ本歌は 三ノ句もゝじにて恋の歌ときこゆるを、此御歌は恋ときこゆ べき詞なし。(三ノ句の下にごとくといふ詞をそへて心うべし。すべて序歌は、 よしの川岩なみ高く行水のはやくぞ人をおもひ初てきといふ たぐひ。のもじ下に如くといふ詞をそへてきく例なり。何事をいはるゝにかあらん。 一首の意は、八重の汐風に跡なき浪を行舟はたよりなき物なるが、その如く)