「二条院の前なれば、大将の君、いと哀れにおぼされて、さか木にさして」
源
やしまもるくにつみ神も心あらば
あかぬわかれの中をことはれ。思ひ
給ふるに、あらぬ心ちし侍かなと
あり、いとさはかしきほとなれと、御
◯
かへりあり。宮の御をば、女別"當し
てかゝせたまへり
御息所
くにつかみそらにことはる中ならば
なをざりごとをまづやたゞさむ。大"将
は御有さまゆかしうて、うちにも参ら
ほしうおほせと、うちすてられて
見をくらむも、ひとわるき心ちし
給へば、おぼしとまりて、つれ/"\に
◯
ながめゐ給へり。宮の御かへりのおとな
源
/\しきを、ほゝゑみてみゐ給へり。御
斎宮源心
としのほどよりは、おかしうもおはすべ
地
きかなと、たゞならず。かやうに例に
たがへるわづらはしさに、必こゝろかゝる
御くせにて、いとよう見奉りつべかりし。
いはけなき御ほとをみずなりぬる
こそねたけれ。世中さだめなければ、
たいめするやうも有なんかしなど
斎宮
おぼす。心にくゝよしある御けはひ
なれば、物見車おほかる日なりさるの
時にうちにまいり給。御息所"御こしに
のり給へるにつけてもちゝおとゞの
かぎりなきすぢにおぼし心ざし
ていつき奉り給ひし有さまかはりて、
すゑの世にうちをみ給にも、物のみ
地
つきせず哀におぼさる。十六にて
前坊
こ宮に参り給て、廿にてをくれたて
まつり給ふ。卅にてぞ、けふまたこゝ
のへを見給ける。
御息所
その神をけふはかけしと忍ぶれど
地
心のうちに物ぞ悲しき。斎宮は十四にぞ
成給けるいとうつくしうおはするさまを、うる
はしうし奉り給へるぞ。いとゆゝしき
まで見え給を、みかど御心うこきて別
の御くしたてまつり給。いと哀にてしほた
れさせ給ひぬ。いて給をまち奉るとて、
八省にたてつゞけたる。いだし車"共"の
袖ぐち色あひも、めなれぬさまに心
にくき気色なれば、殿上"人"どもゝ
わたくしのわかれおしむおほかり。くらう
出給て、二条より洞院のおほちをお
源
れ給ほど、二条院のまへなれば、大将
の君いと哀におぼされて、さか木に
さして
源
ふり捨てけふは行共すゝか川"やそ
せのなみに袖はぬれじや
八洲もる国つ御神も心あらば飽かぬ別れの中をことはれ
思ひ給ふるに、あらぬ心地し侍るかなとあり、いと騒がしきほど
なれど、御返りあり。宮の御をば、女別当して書かせ給へり。
国つ神空にことはる中ならばなをざりごとを先づや糾さむ
大将は、御有樣ゆかしうて、うちにも参らほしうおぼせど、打ち
捨てられて見送らむも、人わるき心地し給へば、おぼしとまりて、
つれづれに眺めゐ給へり。宮の御返りの大人大人しきを、微笑み
て見ゐ給へり。御年の程よりは、おかしうもおはすべきかなと、
ただならず。か樣に例に違へる煩はしさに、必ず心掛かる御癖に
て、いとよう見奉りつべかりし。いはけなき御程を見ずなりぬる
こそねたけれ。世の中、定めなければ、対面(たいめ)する樣も
有なんかし、などおぼす。
心にくく、よしある御気配なれば、物見車多かる日なり。申の時
に、内に参り給ふ。御息所、御輿に乗り給へるにつけても、父大
臣の限りなき筋におぼし心ざして、いつき奉り給ひし有樣変はり
て、末の世に内を見給ふにも、物のみ尽きせず、哀れにおぼさる。
十六にて故宮に参り給て、廿にて遅れ奉り給ふ。卅にてぞ、今日
又、九重を見給ひける。
そのかみを今日はかけじと忍ぶれど心のうちに物ぞ悲しき
斎宮は、十四にぞ成り給ひける。いと美しうおはする樣を、麗し
うし奉り給へるぞ。いとゆゆしきまで見え給ふを、帝、御心動き
て、別れの御櫛奉り給ふ。いと哀れにて塩垂れさせ給ひぬ。
出で給ふを、待ち奉るとて、八省に立て続けたる。出車共の袖口
色あひも、目馴れぬ樣に、心にくき気色なれば、殿上人どもも、
わたくしの別れ惜む多かり。暗う出で給ひて、二条より洞院の大
路を折れ給ふほど、二条院の前なれば、大将の君、いと哀れにお
ぼされて、さか木に挿して、
振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川八十瀬の波に袖はぬれじや
斎宮歴史博物館