年たちかへるいはひには西にむかひて臨
終正念往生極楽とぞおがみける。たかきもいやし
きもよにある人はみなむ月のはじめをまちい
ては嘉辰令月のよろこび万歳千秋のたのしみ
長生殿のさかへ不老郷の日月よろこび匂くる
むめ鶴龜のよはひをあらそひ子日松のかざり野
邉のわかなのてすさみわれも/\とする◯はたながら
春の夢のごとし。されば官位の賢珎寳妻子の
おもひたゞみづのあはのごとしうかへるにゝたり。
まぼろしのごとしを親してこの春のうちに
つみをとけばやとぞ神仙にも祈ける。いほりの前
に梅の花さきたりけるをすぎゆく人さし入
てながめたれば
こころせんしづのかきねのむめのはな
よしなくすぐる人とゞめけり
香をとめんひとをしとまてやまざとの
かきねのむめのあらぬかぎりは
そばなりける菴家のかきねにさきたたりける
むめのはなかぜにさそはれてなつかしく
ちりぎたりけるをみて
ぬしいかにかぜわたるとていとふ覧
よそにうれしきかぜのにほひを
しなおもしろしとおもひしみてしづか
におこなひゐたりけるところもむかしのともはな
みよとてきたりければこゝろのみだれし
とき
はなみにとむれつゝ人のくるときぞ
あたらさくらのとがにはありける
年立ち替える祝には、西に向ひて「臨終正念、往生極楽」とぞ拝みける。貴き
も賤しきも世にある人は、皆睦月の始めを待ちいては、嘉辰令月の慶び、万歳
千秋の楽しみ、長生殿の栄へ、不老郷の日月悦び、匂ひくる梅、鶴亀の齢を争
ひ、子日、松の飾り、野辺の若菜の手遊み、我もわれもとする○はたながら春
の夢の如し。
されば官位の賢珎寳妻子の思ひ、ただ水の泡の如し浮かべるに似たり。幻の如
しを親して、この春のうちにつみをとけばやとぞ、神仙にも祈りける。庵の前
に梅の花咲きたりけるを過ぎ行く人、さし入て眺めたれば、
心せん賤の垣根の梅の花よしなく過ぐる人留めけり。
香を求(と)めん人をしと待て山里の垣根の梅のあらぬ限りは
傍なりける庵家の垣根に咲きたたりける梅の花、風に誘はれて懐かしく、契り
たりけるを見て
主いかに風渡るとて厭ふらんよそに嬉しき風の匂ひを
しな面白しと思ひしみて靜かに行ひゐたりける所も昔の友、花見よとて来たり
ければ、心の乱れし時
花見にと群れつつ人の来る時ぞあたら桜の咎にはありける
山家集 山里の梅といふことを
心せむ賤が垣ほの梅はあやなしよしなく過ぐる人とどめけり
異本山家集 山里梅
心せむしづが垣ねの梅の花よしなく過ぐる人とどめけり
山家集 山梅の梅といふことを
香をとめん人にこそまて山里の垣根の梅の散らぬ限りは
山家集 靜かならんと思ひけるころ、花見に人人まうできたりけれは
花見にと群れつつ人の来るのみぞあたら桜の咎にはありける
備考:玉葉集 巻第二 春歌下