「ことことしうはあらで、なまめきたる桧破籠共、賭物など樣々にて、今日も、例の人々多く召して、文なと作らせ給ふ」
頭
それもかとけさひらけたるはつ
花におとらぬ君がにほひをぞみる。
ほゝゑみてとり給ふ
源
時ならてけささく花は夏の雨に
しほれにけらし匂ふほどなく。おとろ
へにたる物をと、うちさうどきて、
らうかはしくきこしめしなすを、とが
地
めいでつゝしゐ聞え給。おほかめりし
ことゞもゝ、かやうなるおりのまほならぬ
こと、かす/"\にかきつくる心なきわざ
とか。つらゆきかいさめたうるゝかた
源ノ事
にて、むつかしければとゞめつ。みな此
御ことをほめたるすぢにのみ、やま
とのもからのもつくりつゞけたり。
源心
わが御心ちにもいたうおぼし
をごり
て
文"王の子武"王のおとうとゝうちず
じ給へる御なのりさへぞげにめで
たき、成王のなにとかの給はんと
すらん。そればかりや心もとなからん。
そち
帥の宮もつねにわたり給て、御あそ
びなどもおかしうおはする宮なれ
ばいまめかしき御あはひどもなり
朧
その此かんの君まかで給へり。わら
はやみにひさしうなやみ給て、まし
なひなども心やすくせんとてなり
修法
けり。ずほうなどはじめて、をこたり
給ひぬれば、たれも/\うれしうおぼ
する。例のめづらしきひまなるをと、
源と
聞えかはし給て、わりなきさまにて
朧
よな/\たいめし給。いとさかりに、に
ぎはしきけはひし給へる人の
すこしうちなやみて、やせ/\になり
◯
給へるほど、いとおかしげなり。きさいの
宮もひと所におはする比なれば、
源心
けはひいとおそろしけれど、かゝる
ことしもまさる御くせなれば、いとしの
びてたびかさなりゆけば、気色みる
人々も有べかめれど、わづらはしうて、
◯ 右大臣
宮にはさなむとはけいせずおとどはた
思ひかけ給はぬに、雨にはかにおどろ
/\しうふりて、神いたうなりさはぐ
暁に、とのゝきんだち、みやづかさなど
たちさはぎて、こなたかなたの人め
しげく、女"房どもゝおちまとひて
源
ちかうつどひ参るに、いとわりなく
出給はんかたなくてあけはてぬ。み張
のめぐりにも人々"しげくなみゐたれ
それもがと今朝開けたる初花に劣らぬ君が匂ひをぞみる
微笑みて取り給ふ。
時ならで今朝咲く花は夏の雨に萎れにけらし匂ふ程なく
「衰へにたる物を」と、打ちさうどきて、らうがはしく聞こしめ
しなすを、咎め出でつつしゐ聞こえ給ふ。多かめりし事共も、か
やうなる折りのまほならぬ事、数々に書きつくる心無きわざとか。
貫之が諫め、たうるる方にて、難しければ、止どめつ。皆、この
御事を褒めたる筋にのみ、大和のも、唐のも作り続けたり。我が
御心地にもいたうおぼしをごりて、「文王の子、武王の弟」と、
打ち誦じ給へる御名乗りさへぞ、げにめでたき、成王の何とか宣
はんとすらん。そればかりや心もとなからん。帥の宮も常に渡り
給ひて、御遊びなども、おかしうおはする宮なれば、今めかしき
御あはひ共なり。
その此、尚侍の君、まかで給へり。瘧病(わらはやみ)に久しう悩
み給ひて、まじなひなども、心安くせんとてなりけり。修法など
始めて、をこたり給ひぬれば、誰もだれも嬉うおぼする。例の珍
しき暇なるをと、聞こえ交はし給ひて、わりなき樣にて、夜なよ
な対面(たいめ)し給ふ。いと盛りに、賑はしき気配し給へる人
の、少し打ち悩みて、痩せやせになり給へる程、いとおかしげな
り。后の宮も、一所におはする比なれば、気配いと恐ろしけれど、
かかる事しも、勝る御癖なれば、いと忍びて、度重なりゆけば、
気色見る人々も、有るべかめれど、煩はしうて、宮にはさなむと
は、啓せず、大臣、はた思ひかけ給はぬに、雨俄かに、おどろお
どろしう降りて、神いたう鳴り騒ぐ暁に、殿の公達、宮司など立
ち騒ぎて、此方彼方の人目茂く、女房どもも懼ぢ惑ひて、近う集
ひ参るに、いとわりなく、出で給はんかたなくて、明け果てぬ。
御張のめぐりにも、人々茂く並みゐたれ
引説
※文王の子武王の弟 史記 魯周公世家