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西行物語絵巻 吉野山 蔵書

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すでに出家の身となりて菩薩戒のみち

に入ぬればいまはつくりし所の罪障を

懺悔せんとおもひて常になすところのおもひ

みな三途の業なり。善心はすくなく悪心は

おほし。しかれども罪は百丈の石懺悔は舟

なり。罪におもき百丈の石なれども懺悔の舟に

のせて煩悩のとまりをいで菩提の岸にい

たるべし。事理の懺悔五躰を地になげて

一心に念佛をとなふれば草木の薪を万里

につむといへども芥子ばかりの火をつくれば

たのもしくこそおぼゆれ。

衆罪如霜露恵日能消除是故應至心懺悔六性根

この文にまかせていまはやまはやし流浪の

行をせんとおもひてはじめていでたつ●

あはれなれ。昔はいさゝかのありきも牛馬を

心にまかせて数百人の郎従前後にしたが●

したかひしぞかし。いまはあさの衣のすみ染●

かきかみきぬのしたぎにひがさすゝけさばか

りの具足にて年来おもひしことなればまづ

吉野山をたづねてはなを心にまかせてなが

めんとおもひてたづねゆけどもおなじ心

ともなふ人もみえざりければかくぞなかめ

ける。

たれか又はなをたづねて吉野やま

こけふみわくるいはつたふらん

さくらの枝に雪かゝりてはなかとみれども

おそくみえければ

吉野やまさくらがえだに雪ちりて

はなおそげなる歳にもあるかな

花は東よりひらくといふことのあればきたの

かたなればおそきとおもひてみちをかへて

たづねいりにけり。

よし野山こぞのしほりのみちかへて

まだみぬかたのはなをたづねん

たづね入たるかひありてさきみだれたる花

もとにてみればさきちるながめおもしろさにこ●

やまにて命のつきなんまでと思て、

ながむとてはなにもいたくなれぬれば

ちるわかれこそかなしかりけれ

吉野山やがていでじとおもふ身を

はなちりなばと人やまつらん

大和の國よし野

 

●は不鮮明により読めない文字。


すでに出家の身となりて、菩薩戒の道に入りぬれば、今は作りし所の罪障を、

懺悔せんと思ひて、常になす所の思ひ、皆三途の業なり。善心は少なく悪心は

多ほし。しかれども、罪は百丈の石懺悔は舟なり。罪に重き百丈の石なれども、

懺悔の舟に乗せて、煩悩の泊まりを出で、菩提の岸に至るべし。事理の懺悔五

躰を地に投げて、一心に念佛を唱ふれば、草木の薪を、万里に積むといへども、

芥子ばかりの火をつくれば、たのもしくこそおぼゆれ。

衆罪如霜露、恵日能消除、是故応至心、懺悔六性根。

この文に任せて、今は、山林流浪の行ひをせんと思ひて、始めて出でたつ●

哀れなれ。昔は、些かの歩りきも、牛馬を心に任せて、数百人の郎従前後に従

●、従ひしぞかし。今は、麻の衣の墨染●かき、紙衣(きぬ)の下着に、日傘す菅、

さばかりの具足にて、年来思ひし事なれば、先づ、吉野山を訪ねて、花を心に

任せて、眺めんと思ひて、尋ね行けども、同じ心、伴ふ人も見えざりければ、

かくぞ眺めける。

誰か又花を尋ねて吉野山苔踏み分くる岩つたふらん

桜の枝に雪懸りて、花かと見れども、遅く見えければ、

吉野山桜が枝に雪散りて花おそげなる歳にもあるかな

花は東より開くといふ事のあれば、北の方なれば、遅きと思ひて道をかへて尋

ね入りにけり。

よし野山こぞのしほりの道かへてまだ見ぬかたの花をたづねん

尋ね入りたる甲斐ありて、咲き乱れたる花もとにて見れば、咲き散る眺め、面

白さに、こ●山にて、命の尽きなんまでと思ひて、

眺むとて花にもいたくなれぬれば散る別れこそ悲しかりけれ

吉野山やがて出でじと思ふ身を花散りなばと人や待つらん

           大和の國よし野


※衆罪如霜露 観普賢行法経

衆罪は霜露の如し。恵日能く消除す。是故に応に至心に、六性根を懺悔すべし。

 


西行物語
誰か又花を尋ねて吉野山苔踏み分くる岩つたふらん

山家集 独尋山花
たれかまた花をたづねてよしの山こけふみわくるいはつたふらん

異本山家集 独尋花
誰か又花をたづねて芳野山こけふみわくる岩つたふらん

 

西行物語
吉野山桜が枝に雪散りて花おそげなる歳にもあるかな

異本山家集 花
吉野山桜がえたに雪ちりて花おそけなる年にも有るかな

新古今和歌集巻第一 春歌上   題しらず
よし野山さくらが枝に雪散りて花おそげなる年にもあるかな ■

よみ:よしのやまさくらがえだにゆきふりてはなおそげなるとしにもあるかな 定〔隆〕 隠

意味:吉野山では、今日、桜の枝に雪が積もっていて、まるで花が咲いたのかと思ったが、今頃雪が降るのだから、今年は花の開花は遅くなるだろう

備考:

 

西行物語
よし野山こぞのしほりの道かへてまだ見ぬかたの花をたづねん

異本山家集 花
吉野山こぞのしをりの道かへてまだみぬかたの花を尋ねん

聞書集
よしの山こぞのしをりのみちかへてまだみぬかたのはなをたづねむ

御裳裾河歌合
吉野やま去年のしをりの道かへて未だみぬかたの花をたつねむ

新古今和歌集巻第一 春歌上 花歌とてよみ侍りける
吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ

よみ:よしのやまこぞのしおりのみちかえてまだみぬかたの花をたずねむ 定隆雅 隠

意味:吉野山で、去年道に迷わないように枝折って目印にした道を変えて、まだ見ていない桜の花を尋ねて眺めてみよう

備考:御裳裾河歌合。

 

西行物語
眺むとて花にもいたくなれぬれば散る別れこそ悲しかりけれ

山家集 落花の歌あまたよみけるに
眺むとて花にもいたくなれぬれは散るわかれこそかなしかりけれ

異本山家集 花
なかむとて花にもいたくなれぬれはちる別こそかなしかりけれ

新古今和歌集巻第二 春歌下  題しらず
ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ

よみ:ながむとてはなにもいたくなれぬればちるわかれこそかなしかりけれ 定隆雅 隠

意味:その美しさを眺め続けて、桜の花にもずいぶん馴れ親しんでしまったので、散る別れは、とても悲しいものだ。執心の迷いに落ち込んでしまったのだろう。

備考:

 

西行物語
吉野山やがて出でじと思ふ身を花散りなばと人や待つらん

山家集 題知らず
よしの山やかていてしとおもふ身をはなちりなはと人やまつらん

異本山家集 花
よしの山やかて出てしとおもふみを花ちりなはと人や侍つらん

御裳裾川歌合
よしのやまやかていてしとおもふみをはなちりなはとひとやまつらむ

新古今和歌集巻第十七 雑歌中 題しらず
吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人や待つらむ

よみ:よしのやまやかていでじとおもふみをはなちりなばとひとやまつらむ 有定隆雅 隠

意味:今住んでいる吉野山もいずれ出て行こうと思うのだが、せめて桜が散るまでいようと思っています。吉野の桜を見に友人が訪ねてくるかもしれないから。 ※いでじの「じ」を打ち消しととるのが一般的で、この訳は個人的な解釈。   備考:御裳裾川歌合で自撰した歌。定家十体では幽玄様としている。



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