朧
かんの君は、我かの心ちしてしぬへく
源心
おほさる大"将殿もいとおしう、つゐに
ようなきふるまひのつもりて人の
もどきをほはんとすることゝおぼせど、
朧
女君"の心ぐるしき御けしきをとか
右大臣
くなぐさめ聞え給。おとゞは思ひの
まゝに、こめたる所、おはせぬ本上に、
いとゞ例の御ひがみさへそひ給に
たれば、なにごとにかはとゞこほりたま
◯
はん。ゆく/\と宮にもうれへ聞え
右大臣詞
給。かう/\のことなん侍をこのたゝむ
がみは、右大"将の御てなり。むかしも
心ゆるされて、ありそめにけること
なれど人がらによろづのつみをゆる
して、さても見んといひ侍しおりは、
源ノ
心もとゞめす、めざましけにもて
なされにしかば、やすからず思給へし
かど、さるべきにこそはとて世にけが
れたりとも、おぼしすつまじきをたの
みにて、かくほいのことく奉りながら、
なをそのはゞかりありて、うけはり
たる女御などもいはせ侍らぬをだに、
あかずくちおしう思給ふるに、また
かゝることさへ侍ければ、さらにいと心
うくなん思ひなり侍ぬる。おとこの例
源
とはいひながら、大"将もいとけしからぬ
朝かほ
御心なりけり。斎院をもなを聞え
おかしつゝ、しのひに御文かよはしな
どして、けしきあることなど人の
かたり侍しをも、世のためのみにも
あらず。わかためにもよかるまじ
きことなれば、よもさる思ひやりなき
わざしいでられじとなむ。ときのいう
そくとあめのしたをなびかし給へる
源
さまことなめれば、大"将の御心をう
たがひ侍らざりつるなどの給ふに、
◯
宮はいとどしき御心なれば、いとも
◯詞
のしき御気色にて、みかどと
きこゆれど、むかしよりみな人
ちじの 左大臣
思ひおとし聞えて、致仕のおとゞも
葵
またなくかしつゝひとつむすめを、
朱雀
このかみの坊にておはするには
たてまつらで、おもうとの源氏"に
ていときなきが、元"服"のそひぶし
にとりわき、又この君をも宮づ
かへにと心ざして侍しに、おこがまし
かりし有さまなりしを、これも/\
あやしとやおほしたりし。みな
尚侍の君は、我、かの心地して、死ぬべくおほさる。大将殿も、
いとおしう、遂に、用なき振舞ひの積りて、人のもどきを負はん
とすることと、おぼせど、女君の、心苦しき御気色を、とかく慰
さめ聞こえ給ふ。
大臣は、思ひのままに、籠めたる所、おはせぬ本上に、いとど例
の御僻みさへ、添ひ給ひにたれば、何事にかは、滞り給はん。ゆ
くゆくと、宮にも愁へ聞こえ給ふ。
「かうかうの事なん侍るを、この畳紙は、右大将の御手なり。昔
も心許されて、ありそめにける事なれど、人柄に万づの罪を許し
て、さても見んと云ひ侍りし折りは、心も留めず、めざましげに、
もてなされにしかば、安からず思ひ給へしかど、さるべきにこそ
はとて、世に穢れたりとも、おぼし捨つまじきを、頼みにて、か
く本意の如く奉りながら、なをその憚り有りて、うけばりたる女
御なども、言はせ侍らぬをだに、飽かず、口惜しう思ひ給ふるに、
又、かかる事さへ侍れければ、更に、いと心憂くなん思ひなり侍
ぬる。男の例とは云ひながら、大将も、いとけしからぬ御心なり
けり。斎院をも、猶聞こえ犯しつつ、忍びに御文通はしなどして、
気色有る事など人の語り侍りしをも、世の為のみにもあらず。我
が為にも、よかるまじき事なれば、よもさる思ひ遣り無きわざし
出でられじとなむ。時の有職と天の下をなびかし給へる樣、異な
めれば、大将の御心を疑ひ侍らざりつる」など宣ふに、宮は、い
とどしき御心なれば、いとものしき御気色にて、
「帝と聞こゆれど、昔より皆人思ひ貶し聞こえて、致仕の大臣も
またなくかしづく、一つ娘を、この上の坊にて、おはするには奉
らで、弟(おもうと)の源氏にて、いときなきが、元服の副臥に
取り分き、又、この君をも宮仕へにと、志して侍りしに、おこが
ましかりし有樣なりしを、誰もだれも奇しとやおぼしたりし。皆、
京都堀川通 風俗博物館