かのみかたにこそ御心よせ侍めりしを、
そのほいたがふさまにてこそは、かくて
もさふらひ給ふめれと、いとおしさに
いかでさるかたにても、人にをとら
ぬさまにもてなし聞えん、さばかり
ねたげなりし人の、みる所もあり
などこそは思侍つれど、しのびゐて、
朧の
わが心のいるかたになびき給にこそ
は侍らめ。斎院の御ことはまして
さもあらん。なにごとにつけても、おほや
けの御かたにうしろやすからずみ
ゆるは、春宮"の御世こころよせこと
なる人なれば、ことはりになんあめる
右大臣心
と、すく/\しうの給ひつゝくるに、さす
がにいとおしう、など聞えつることぞ
詞
とおぼさるれば、さばれ、しばしこの
こともらし侍らじ。内にもそうせさせ給
な。かくのごとつみ侍りとも、おぼしすつ
まじきをたのみにて、あまえて侍なる
べし。うち/\にせいしの給はんは
きゝ侍らずはそのつみにたゞみつか
らあたり侍らんなど、聞えなをし
◯
給へど、ことに御けしきもなをらず。
心
かくひと所におはしてひまもなき
につゝむ所なうさていり物せらる
らんは、さらにかろめろうせらるゝに
地
こそはと、おぼしなすに、いとゞいみ
じう
めさましく、このついでにさるべき
ことゞもかまへいでんに、よきた
よりなりとおぼしめぐらすべし
彼の御方(みかた)にこそ、御心寄せ侍るめりしを、その本意違
ふ樣にてこそは、かくてもさぶらひ給ふめれど、いとおしさに、
如何でさる方にても、人に劣らぬ樣にもてなし聞こえん、さばか
りねたげなりし人の、見る所も有りなどこそは、思ひ侍りつれど、
忍びゐて、わが心の入る方になびき給ふにこそは、侍らめ。斎院
の御事は、ましてさもあらん。何事につけても、公の御方に後ろ
安からず見ゆるは、春宮の御世、心寄せ異なる人なれば、理りに
なんあめる」と、すくすくしう宣ひ続くるに、流石にいとおしう、
など聞こえつる事ぞと、おぼさるれば、
「さばれ、暫しこの事、漏らし侍らじ。内にも奏せさせ給ふな。
かくのごと、罪侍りとも、おぼし捨つまじきを、頼みにて、甘え
て侍るなるべし。内うちに制し宣はんは、聞き侍らずは、その罪
に、ただ、自らあたり侍らん」など、聞こえ直し給へど、ことに
御気色も直らず。かく一所におはして、隙も無きに、包む所なう。
さて、入り物せらるらんは、更に軽め、弄せらるるにこそはと、
おぼしなすに、いとどいみじうめざましく、この次いでに、さる
べき事共、構へ出でんに、よき便りなりと、おぼしめぐらすべし。