題しらず 西行
津の国のなにはの春は夢なれやあしの枯葉に風わたるなり
下句めでたし。 √心あらん人にみせばや云々、とよめる春は、
夢なれやとなり。 ふるき抄に、二の句を、よの中の
事は、何のうへも、夢ぞとなりといへるは、かなはず。もし其
意ならば、春もといふべきをや。
さびしさにたへたる人の又もあれな廬をならべん冬の山里
或抄に、一ニの句を、富貴栄花に心をうごかさぬ人あれ
かしといへるなりといへるは、からごゝろなり。
俊成卿
かつこほりかつはくだくる山川の岩間にむすぶあかつきのこゑ
山川の暁の聲とつゞく意也。山川の岩間とつゞくにはあらず。
摂政
消かへり岩間にまよふ水のあわのしばし宿かる薄ごほり哉
すべて消かへりわきかへりしにかへりなどいふかへりは、其事
をつよくいへる詞なるを、此哥にては、消て又結ぶことによみ
玉へるいかゞ。 又やどかるといふ詞も、何のよせもなきこと也。
又水のこほりたらんに、沫のこほらざることいかゞ。但し薄
氷とあれば、こほらぬ所もある故に、沫もたつにや。 又山
川とも何ともなくて、たゞ岩間とのみいへるも、ことたらはぬ
こゝちす。
枕にも袖にもなみだつらゝゐてむすばぬ夢をとふ嵐かな
下句めでたし。詞もめでたし。 霞塵氷水草みさ
びなどは、平らかにおほふ物なればこそ、ゐるとはいへ、つらゝ
にゐてはいかゞ。 池の氷などを、つらゝとよめるも、皆わろし。
五十首歌奉りし時
水上やたえ/"\こほる岩間よりきよ瀧川にのこるしら波
初句や°もじわろし。此や°はの°といふ意と聞えたり。もし疑
ひのや°ならば、二の句にて切るゝ也。 岩間より残るといへる、
詞とゝのはず。よりの下に、流れきてなどいふことなくては、
たらざる也。又のこるといへることも、心得ず。其故は、水上とあ
れば、たえ/"\こほれるは、水上のことにこそあれ。川下は、
すべて氷ることなきなれば、白波はつねのごとく、なべて立
べければ、岩間よりのこるなどはいふべきにあらざれば也。もし
又結句までを、すべて水上のことゝして見れば、清瀧川にと
ある。に°もじおだやかならざるをや。
百首哥奉りし時
かたしきの袖のこほりもむすぼゝれとけてゐぬよの夢ぞみじかき
二の句、も°ゝじは、とけてねぬといふにあたれり。 夢ぞみ
じかきといふに、夜は長き意あり。 朝皃ノ巻に√とけて
ねぬねざめさびしき冬のよにむすぼゝれたる夢のみじかさ
※心あらん人に 後拾遺和歌集巻第一 春歌上
正月ばかりに津の国に侍りける頃、
人のもとに言ひつかはしける 能因法師
心あらむ人にみせはや津の国の難波わたりの春の景色を
※ とけてねぬ 源氏物語 朝顔帖 源氏
とけて寝ぬ寝覚め寂しき冬の夜に結ぼほれつる夢の短さ