「男君は、朝拝に参り給ふとて、さし覗き給へり。『今日よりは、大人しくなり給へりや』とて、打笑み給へる。いとめでたう愛嬌つき給へり。いつしか雛をし据へて、そそきゐ給へり。三尺の御厨子一具に、品々しつらひ据へて、又小さき屋共、作り集めて、奉り給へるを、所せきまで遊び広げ給へり。」
兵部 源心
もほす。くれぬれば、みすのうちに入給をうらやまし
御門
く、むかしはうへの御もてなしに、いとけぢかく、人づてな
らで物をもきこえ給ひしを、こよなううとみ給へ
源詞
るも、つらくおぼゆるぞわりなきや。しは/"\もさ
ふらふべけれど、ことぞとも侍らぬほどは、をのづか
らをこたり侍るを、さるべきことなどは、おほせごと
みやう
も侍らんにてうれしくなど、すく/\しうていで給ぬ。命
藤つほ
婦゛もたばかりきこえんかたなく、宮の御けしき
も、ありしよりはいとゝうきふしにおほしをきて心
とけぬ御けしきもはづかしういとおしければ、なにの
しるしもなくてすぎゆく。はかなのちぎりやとおぼ
紫のめのと心
しみだるゝこと、かたみにつきせず。少なごんはおぼえず、
おかしきよをみるかな。これもこあまうへのこの御ことを
おぼして、御をこなひにもいのりきこえ給ひし。ほ
葵
とけの御しるしにやとおぼゆ。おほいとの、いとやむ
ことなくておはし、こゝかしこあまたかゝづらひ給
をぞ。まことにおとなび給はんほどには、むつかし
きこともやとおほえける。されどかくとりわき思ひ
給へる御おぼえのほどは、いとたのもしげなりかし。
紫 み
御ぶく、はゝかたは三月こそはとて、つごもりにはぬがせ
奉り給を、またおやもなくておひいで給しかば、
くれなゐむらさき
まばゆきいろにはあらで、紅、紫、山ぶきのぢのか
ぎりをれる、御こうちきなどをき給へるさま、い
源十八才
みじういまめかしうおかしげなり。おとこ君゛は、てう
源詞
はいにまいり給とてさしのぞき給へり。けふより
はおとなしくなり給へりやとて、うちゑみ給へる。
紫
いとめでたうあいぎやうつき給へり。いつしかひゐ
なをしすへて、そゝきゐ給へり。三じやくのみづ
しひとよろひに、しな/“\しつらひすへて、又ちい
さきやどもつくりあつめて奉給へるを、ところせ
紫詞
きまであそびひろげ給へり。なやらふとて、い
ぬきがこれをこぼち侍にければ、つくろひはべる
源詞
ぞとていと大゛事゛とおぼいたり。けにいと心なき
人のしわざにも侍かな。いまつくろはせはべらん。
けふはこといみして、なゝい給ひそとて、出給ふけ
しきいとところをきを、人々゛はしにいでゝみた
紫
てまつれば、ひめ君゛もたちいでゝみたてまつり給
て、ひゐなの中のげんじのきみつくろひたて
て、内にまいらせなどし給
ほす。暮れぬれば、御簾の内に入り給ふを羨ましく、昔は上の御もてなし
に、いとけ近く、人伝てならで、物をも聞こえ給ひしを、こよなう疎み給
へるも、辛くおぼゆるぞわりなきや。「しばしばもさぶらふべけれど、事
ぞとも侍らぬほどは、自づから怠り侍るを、さるべき事などは、仰せ言も
侍らんにて嬉しく」など、すくすくしうて出で給ぬ。命婦も、たばかり聞
こえん方なく、宮の御気色も、ありしよりは、いとど憂きふしにおぼしを
きて、心とけぬ御気色も、恥づかしういとおしければ、何のしるしもなく
て、過ぎ行く。はかなの契りやと、おぼし乱るる事、かたみに尽きせず。
少納言は、おぼえず、おかしき世を見るかな。これも故尼上の、この御事
をおぼして、御行ひにも祈り聞こえ給ひし。仏の御験にやとおぼゆ。大殿
(おほいとの)、いと止む事無くておはし、ここかしこ数多かかづらひ給
ふをぞ。真に大人び給はんほどには、難しき事もやとおぼえける。されど
かく取り分けき思ひ給へる御おぼえのほどは、いと頼しげなりかし。御服、
母方は三月こそはとて、晦には脱がせ奉り給ふを、又親も無くて生ひ出で
給しかば、眩き色にはあらで、紅、紫、山吹の地の限り織れる、御小袿
(こうちき)などを着給へる樣、いみじう今めかしうおかしげなり。男君
は、朝拝に参り給ふとて、さし覗き給へり。「今日よりは、大人しくなり
給へりや」とて、打笑み給へる。いとめでたう愛嬌(あいぎやう)つき給
へり。いつしか雛(ひゐな)をし据へて、そそきゐ給へり。三尺の御厨子
一具(よろひ)に、品々しつらひ据へて、又小さき屋共、作り集めて、奉
り給へるを、所せきまで遊び広げ給へり。「儺やらふとて、犬君(いぬき)
が、これを毀ち侍りにければ、繕ひ侍るぞ」とて、いと大事とおぼいたり。
「げに、いと心無き人の仕業にも侍るかな。今繕はせ侍らん。今日は、言
忌みして、な泣い給ひそ」とて、出で給ふ気色、いと所せきを、人々端に
出でて見奉れば、姫君も立ち出でて見奉り給ひて、雛の中の源氏の君、繕
ひ立てて、内に参らせなどし給ふ。