京都丸太町通 平安京創生館
このましうわかやぎてもてなしたるうはべこそ、さ
てもありけれ。五十七八の人の、うちとけて物思
ひけるけはひ、えならぬ二十のわか人たちの
頭中
御中にて、物をちしたるいとつきなし。かうあ
らぬさまにもてひがめて、おそろしげなるけし
源
きをみすれど、中/\しるくみつけ給て、我とし
りて、ことさらにするなりけりと、おこになりぬ。
その人なめりとみ給ふに、いとおかしければ、たちぬ
きたるかひなをとらへて、いといたうつみ給へれば、
頭中 源詞
ねたきものから、えたべでわらひぬ。まことには
うつし心゛かとよ。たはふれにくしや。いてこのな
頭中
をしきんとの給へど、つととらへて、さらにゆる
源
しきこえず。さらば、もろともにもこそとて
頭中
中将のおびをひきときて、ぬがせ給へば、ぬが
しとすまふを、とかくひきしろふほどに、ほ
ころびは、ほろ/\とたえぬ。中将
頭中
つゝむめる名やもりいでんひきかはしかく
ほころぶる中のころもに。√うへにとりきばしる
からんといふ。きみ
源
かくれなき物としる/\なつごろもきたるを
地
うすき心とぞみる。といひかはして、うらやみなき、し
源
どけなきすがたにひきなされて、みな出給ぬ。君
はいとくちおしく、みつけられぬることゝ思ひふし給へり。
ないしはあさましうおぼえければ、おちとまれる御
さしぬき、おびなど、つとめてたてまつれり
内侍
うらみてもいふかひぞなきたちかさね
ひきてかへりしなみのなごりに。√そこもあらは
源心
にとあり。おもなのさまやとみ給もにくけれど、
わりなしと思へりしもさすがにて
源
あらだちしなみに心はさはがねど、よせ
けんいろをいかゞうらみぬ。とのみなん有ける。お
源
びは中将のなりけり。わが御なをしよりはいろ
ふかしと見給に、はたそでもなかりけり。あやし
好ましう若やぎて、もてなしたる上辺こそ、さても有けれ。五十七八の人
の、打解けて、物思ひける気配、えならぬ二十の若(わか)人たちの御中
にて、御恐ぢしたる、いとつきなし。かうあらぬ樣に、もてひがめて、恐
ろしげなる気色を見すれど、中々知るく見つけ給ひて、我と知りて、殊更
にするなりけりと、烏滸になりぬ。その人なめりと見給ふに、いと可笑し
ければ、太刀抜きたる腕(かひな)を捕らへて、いといたう抓み給へれば、
ねたき物から、え耐(た)べで笑ひぬ。「真にはうつし心かとよ。戯れ憎
しや。いで、この直衣着ん」と宣へど、つと捉へて、更に許し聞こえず。
「さらば、もろともにもこそ」とて、中将の帯を引き解きて、脱がせ給へ
ば、脱がじとすまふを、とかく引きしろふほどに、綻びは、ほろほろと絶
えぬ。中将
包むめる名や漏り出でん引きかはしかく綻ぶる中の衣に
「√上に取り着ば、知るからん」と言ふ。君、
隠れなき物と知るしる夏衣着たるを薄き心とぞ見る
と言ひ交はして、恨やみ無き、しどけ無き姿に、引きなされて、皆出で給
ひぬ。君はいと口惜しく、見つけられぬる事と、思ひ臥し給へり。内侍は
あさましう覚えければ、落ちとまれる御指貫、帯など、つとめて奉れり。
うらみてもいふかひぞ無きたち重ね引きて返りし浪の名残りに
「√底もあらはに」とあり。面無(おもな)の樣やと見給ふも、憎くけれ
ど、わり無しと思へりしもさすがにて
荒だちし浪に心は騒がねねど寄せけん色を如何うらみぬ
とのみなん有ける。帯は中将のなりけり。我が御直衣しよりは色深しと見
給ふに、端袖も無かりけり。あやし
引歌
√上に取り着ば、知るからん
古今和歌六帖
紅のこ染めの衣下に着て上に取り着ば知るからむかも
√底もあらはに
源氏釈によれば、新勅撰和歌集 恋歌四 よみ人知らず
別れての後ぞ悲しき涙川底もあらはになりぬと思へば
和歌
頭中将
包むめる名や漏り出でん引きかはしかく綻ぶる中の衣に
意味:隠そうとしている貴方の名は漏れ出てしまうでしょう。引っ張って綻びてしまって中の衣が出るように、貴方との友情も断ち消えてしまいますよ。
源氏
隠れなき物と知るしる夏衣着たるを薄き心とぞ見る
意味:隠せ切れる物ではなく、世間も貴方と源典侍との仲まで知る事になり、薄い夏衣のような、薄情な貴方の心と同じだと見ますよ。
源典侍
うらみてもいふかひぞ無きたち重ね引きて返りし波の名残りに
意味:貴方を恨んでも、言う甲斐も無い裁ち重ねの切れ端ですね。引っ張り合って帰って行ったあなた方の名残を贈ります。
備考:恨みと浦見、甲斐と貝、裁ちと立ちと絶ちと太刀の掛詞。浦、貝、立ち、引き、返り、名残は波の縁語。
源氏
荒だちし波に心は騒がねねど寄せけん色を如何うらみぬ
意味:頭中将の乱暴狼藉には心は騒がないですが、その頭中将を引き寄せた貴方の好色をどうして恨まずにいられますか。