「遂に、御車共、立て続けつれば、ひとだまひの奥に押しやられて、物も見えず。」
くしたるしつらひ、人のそでぐちさへいみじきみもの
葵
なり。大とのには、かやうの御ありきもおさ/\し給はぬ
に、御こゝちさへなやましければ、おぼしかけざりけ
るを、わかき人々゛いでやをのがどち、ひきしのびて
み侍らんこそはえなかるべけれ。おほよそ人゛だに
けふの物見には、大゛将どのをこそは、あやしきやまがつ
さへみたてまつらんとすれば、とをきくに/"\より、
めこをひきぐしつゝまうでくなるを、御らんぜぬ
はいとあまりにもはべるかなといふを、大宮きこしめし
て御心ちもよろしきひまなり。さふらふ人々゛もさ
車也
う/"\しげなめりとて、にはかにめぐらしおほせ給ふて
み給。日たけゆきて、きしきもわざとならぬさまに
ていでたまへり。ひまもなうたちわたりたるに、よそ
をしうひきつゞきてたちわづらふ。よきねうばう
ぐるまおほくて、ざう/\の人なきひまを思ひさだめ
御息所の車也
て、みなさしのけさする中にあじろのすこしなれ
たるしたすだれのさまなどよしばめるに、いたうひ
きいりて、ほのかなる袖ぐち、ものすそ、かざみなど、物
のいろいときよらにて、ことさらにやつれたるけはひ
しるくみゆるくるまふたつあり。これはさらにさやうに
さしのけなどすべき御くるまにもあらずと、くちご
はくて、手ふれさせず。いづかたにもわかき物ともゑ
ひすぎたちさはぎたるほどのことは、えしたゝめ
あへずおとな/\しきごぜんの人々゛は、かくなゝどいへ
み
ど、えとゞめあへずさいくうの御はゝ御やすどころ、
物おぼしみだるゝなぐさめにもやと、しのびて出給
へるなりけり。つれなしつくれど、をのづから見しり
葵の人詞
ぬ。さばかりにてはさるいはせそ。大将どのをぞかう
御息所に
けには思ひきこゆらんなといふを、その御かたの
人々゛もまじれゝばいとおしとみながら、よういせん
葵方
もわづらはしければ、しらずがほをつくる。つゐに御
くるまどもたてつゞけつれば、ひとだまひのおく
にをしやられて、物もみえず
くしたるしつらひ、人の袖口さへ、いみじきみ物なり。大殿には、かやう
の御歩きも、おさおさし給はぬに、御心地さへ悩ましければ、おぼしかけ
ざりけるを、若き人々、「いでや。己がどち、引き忍びて見侍らんこそ、
映えなかるべけれ。おほよそ、人だに今日の物見には、大将殿をこそは、
怪しき山賤さへ見奉らんとすれば、遠き国々より、妻子を引き具しつつ、
詣来なるを、御覧ぜぬは、いと余りにも侍るかな」といふを、大宮、聞こ
し召して、「御心地もよろしき隙なり。さぶらふ人々も、騒々しげなめり」
とて、俄に廻らし仰せ給ふて、見給ふ。
日たけゆきて、儀式もわざとならぬ樣にて、出で給へり。隙もなう立ち渡
りたるに、よそをしう引き続きて立ち煩らふ。よき女房車多くて、雑々の
人なき隙を思ひ定めて、皆さし退けさする中に、網代の少し馴れたる下簾
の樣などよしばめるに、いたう引き入りて、ほのかなる袖口、裳の裾、汗
衫(かざみ)など、物の色、いと清らにて、殊更にやつれたる気配しるく
見ゆる車二つあり。「これは、更に、さやうにさし退けなどすべき御車に
もあらず」と、口ごはくて、手触れさせず。いづ方にも、若き物共、酔ひ
過ぎ、立ち騒ぎたる程の事は、えしたためあへず。大人おとなしき御前の
人々は、「かくな」など言へど、え止めあへず。斎宮の御母御息所、物お
ぼし乱るる慰めにもやと、忍びて出で給へるなりけり。連れなし作れど、
自づから見知りぬ。「さばかりにては、さる言はせそ。大将殿をぞ豪家
(かうけ)には思ひ聞こゆらん」など言ふを、その御方の人々も混じれれ
ば、いとおしと見ながら、用意せんも煩はしければ、知らず顔を作る。
遂に、御車共、立て続けつれば、ひとだまひの奥に押しやられて、物も見
えず。