葵祭 斎王代路頭の儀
ちすけみて、かみきこめたるあやしの物どもの、手を
つくりてひたいにあてつゝ、み奉りあげたるも、おこ
がましげなるしづのおまで、をのがかほのならむ
さまをばしらで、ゑみさかえたり。なにともみいれ
給まじき、ゑせずりやうのむすめなどさへ、心の
かぎりつくしたるくるまどもにのるさま、ことさら
び、こころげさうしたるなん。おかしきやう/\のみ物な
りける。ましてこゝかしこにたちしのびて、かよひ
給ところ/\は、人しれずかずならぬなげきまさる
もおほかりけり。しきぶきやうの宮さじきにてぞみ
給ける。いとまはゆきまでねびゆく人のかたちかな、
神などはめもこそとめ給へと、ゆゝしくおぼしたり。
槿也
ひめ君゛はとしごろきこえわたり給。御心ばへの世人に
にぬを、なのめならんにてだにあり、ましてかうしも
いかでと御心とまりけり。いとゞちかくてみえんまで
はおぼしよらず。わかき人々゛はきゝにくきまでめで
賀茂祭は四月中酉ノ日也
きこえあへり。まつりの日は大とのには物み給はず。大
将の君、かの御くるまの所あらそひをまねびき
源心
こゆる人ありければ、いと/\おしううしとおぼして、な
葵ノ事
をあたらおもりかにおはする人の、ものになさけを
葵ノ事
くれてすく/\しき所つき給へるあまりに、身づから
はさしもおぼさゞめれど、かゝるなからひは、なさけか
はすべき物ともおぼいたらぬを、御心をきてにし
たがひて、つき/"\よからぬひとのせさせたるなら
んかし。みやす所゛は心ばせのいとはづかしくよし
ありておはするものを、いかにおぼしうむじに
けんといとおしうて、まうで給へりけれど、さいくう
のまだもとのみやにおはしませば、さかきのはばかりに
源心
ことつけて、心やすくもたいめんし給はず。ことはり
葵と御息所◯
とはおぼしながら、なぞや、かくかたみにそば/\し
からでおはせよかしとうちつぶやかれ給ふ。けふは
二でうのゐんにはなれおはして、まつりみにいで給。に
しのたいにわたり給て、これみつにくるまのことおほせ
ちすげみて、髪着こめたるあやしの物共の、手を作りて額に当てつつ、見
奉りあげたるも、烏滸がましげなる賤の男(お)まで、己が顔のならむ樣
をば知らで、笑みさかえたり。何とも見入れ給ふまじき、似非受領の娘な
どさへ、心の限り尽くしたる車共に乗る樣、ことさらび、心げさうしたる
なん。可笑しきやうやうの見物なりける。
まして、ここかしこにたち忍びて、通ひ給ふ所々は、人知れず数ならぬ歎
き勝るも多かりけり。式部卿の宮、桟敷にてぞ見給ひける。いと眩きまで
ねび行く人の容貌かな、神などは目もこそとめ給へと、ゆゆしくおぼした
り。姫君は、年頃聞こえ渡り給ふ。御心映への世の人に似ぬを、なのめな
らんにてだにあり、ましてかうしもいかでと、御心とまりけり。いとど近
くて、見えんまではおぼしよらず。若き人々は、聞き難きまでめで、聞こ
え合へり。
祭の日は、大殿には物見給はず。大将の君、かの御車の所争ひを、まねび
聞こゆる人ありければ、いといとおしう憂しとおぼして、なを、惜ら重り
かにおはする人の、物に情けをくれて、すくすくしき所つき給へる余りに、
自らはさしもおぼさざめれど、かかるなからひは、情け交はすべき物とも
おぼいたらぬを、御心掟に従ひて、次々よからぬ人のせさせたるならんか
し。御息所は、心ばせのいと恥づかしく、よしありておはするものを、い
かにおぼしうむじにけんと、いとおしうて、詣で給へりけれど、斎宮のま
だ本の宮におはしませば、榊の憚りにことづけて、心安くも対面し給はず。
理りとはおぼしながら、「なぞや、かくかたみにそばそばしからでおはせ
よかし」と打ち呟かれ給ふ。
今日は、二条の院に離れおはして、祭見に出で給ふ。西の対に渡り給ひて、
惟光に車の事仰せ