葵祭斎王代路頭の儀行列
源詞
させ給ていかでえ給へるところぞと、ねたさになん
内侍
との給へば、よしあるあふぎのつまをおりて
内侍
はかなしや人のかざせるあふひゆへ神のし
るしのけふをまちける。√しめのうちにはとある。
源 げん
てをおぼしいづれば、かの源ないしのすけなりけり。あさ
ましうふりがたくもいまめくかなと、にくさにはしたなう
源 やそうじ
かざしける心ぞあだにおもほゆる八十氏人゛に
内侍
なべてあふひを。女はつらしと思ひ聞こえたり
内侍 な
くやしくもかざしけるかな名のみして人だのめ
源地 紫也
なるくさばばかりを。ときこゆ。ひとゝあひのりて
すだれをだにあげ給はぬを、心やましう思ふ人お
ほかり。ひとひの御ありさまのうるはしかりしに、けふ
はうちみだれてありき給ふかし。たれならんのり
ならぶる人げしうはあらじはやと、をしはかりき
源
こゆ。いどましからぬかざしあらそひかなと、さう
/“\しくおぼせど、かやうにいとおもなからぬほどの
人はた、人あひのり給へるにつゝまれて、はかなき御
み
いらへも、心やすくきこえんもまはゆしかし。御やす所゛は
ものをおほしみだるゝこと、年ころよりもおほくそ
ひにけり。つらきかたに思ひはて給へど、いまはとて
ふりはなれくだり給なんは、いと心ぼそかりぬべく、よ
の人きゝも人わらへにならんことゝおぼす。さりとて
たちとまるべくおもほしなるには、かくこよなきさ
まにみな思ひくたすべかめるもやすからず、√つりす
るあまのうけなれやと、おきふしおぼしわつらふけ
にや、御心ちもうきたるやうにおぼされて、なやま
しうし給。大゛将どのにはくだり給はんことをもては
なれて、あるまじきことなどもさまたげきこえ
給はず。かすならぬみを見まうくおぼしすてん
もことはりなれど、いまはなをいふかひなきにて
も御らんじはてんや。あさからぬにはあらんと、きこ
えかゝづらひ給へば、さだめかね給へる御心もやなぐ
さむと立いで給へりし、みそぎがはのあらかりしせに、
させ給ひて、「いかで得給へる所ぞと、ねたさになん」と宣へば、よしあ
る扇のつまを折りて
はかなしや人のかざせるあふひゆへ神のしるしの今日を待ちける
√注連の内には」とある。手をおぼし出づれば、かの源典侍なりけり。あ
さましう、旧りがたくも今めくかなと、憎さに、はしたなう、
かざしける心ぞあだに思ほゆる八十氏人になべてあふひを
女は辛しと思ひ聞こえたり
悔しくもかざしけるかな名のみして人頼めなる草葉ばかりを
と聞こゆ。人と相乗りて、簾をだに上げ給はぬを、心やましう思ふ人多か
り。一日の御有樣のうるはしかりしに、今日は打ち乱れてありき給ふかし。
誰ならん、乗り並ぶる人げしうはあらじはやと、推し測り聞こゆ。いどま
しからぬ、かざし争ひかなと、騒々しくおぼせど、かやうにいと面なから
ぬ程の人はた、人相乗り給へるに、つつまれて、儚き御いらへも、心安く
聞こえんも、まばゆしかし。
御息所は、物をおぼし乱るること、年頃よりも多く添ひにけり。辛き方に
思ひ果て給へど、い今はとて、振り離れ下り給なんは、いと心細かりぬべ
く、世の人聞きも人笑へにならん事とおぼす。さりとて立ち止まるべく、
おもほしなるには、かくこよなき樣に、皆思ひくたすべかめるも、安から
ず、√釣りする海人のうけなれやと、起き伏しおぼし煩ふけにや、御心地
も浮きたるやうにおぼされて、悩ましうし給ふ。
大将殿には、下り給はん事を、もて離れて、あるまじき事なども、妨げ聞
こえ給はず。「数ならぬ身を、見ま憂くおぼし捨てんも理りなれど、今は
猶、言ふ甲斐無きにても、御覧じ果てんや。浅からぬにはあらん」と、
聞こえかかづらひ給へば、定めかね給へる御心もや慰むと立ち出で給へり
し、御禊河の荒かりし瀬に、
和歌
源典侍
はかなしや人のかざせるあふひゆへ神のしるしの今日を待ちける
意味:情けないですわ。貴方は葵を頭に挿している他の女性と同乗しているのに、私は、貴方に逢えるかもしれない神の験の葵祭の今日を待っていた。
備考:葵と逢ふ日の掛詞。葵祭では、冠や牛車に葵を挿した。大島本では、「しるし」は「ゆるし」となっている。
源
かざしける心ぞあだに思ほゆる八十氏人になべてあふひを
意味:葵をかざして、今日の逢う日を待っていた心は、あてにはできないと思われます。大勢の殿方に靡いて、逢う日を待っている貴女ですから。
備考:八十氏人は、たくさんの人々で、榊葉の香をかぐはしみ尋め来れば八十氏人ぞ円居せりける(拾遺集 神楽歌)という歌もある。
源典侍
悔しくもかざしけるかな名のみして人頼めなる草葉ばかりを
意味:悔しい事に、神のお力で貴方に逢えるかもと葵をかざしていたのに、逢ふ日とは名前ばかりで、期待ばかりの草葉だったとは。
引き歌
√釣りする海人のうけなれや
古今和歌集 恋歌一
題知らず よみ人知らず
伊勢の海につりする海人の浮けなれや心ひとつを定めかねつる