賢木
133 六条御息所 神垣は験の杉も無きものをいかにまがへて折れる榊ぞ
かみかきはしるしのすきもなきものをいかにまかへてをれるさかきそ
134 源氏 少女子が辺りと思へば榊葉の香を懐かしみとめてこそ折れ
をとめこかあたりとおもへはさかきはのかをなつかしみとめてこそいのれ
135 源氏 暁の別れはいつも露けきをこは世に知らぬ秋の空かな
あかつきのわかれはいつもつゆけきをこはよにしらぬあきのそらかな
136 御息所 大方の秋の別れも悲しきに泣く音な添へそ野辺の松虫
おほかたのあきのわかれもかなしきになくねなそへそのへのまつむし
137 源氏 八州守る国つ御神も心あらば飽かぬ別れの中をことわれ
やしまもるくにつみかみもこころあらはあかぬわかれのなかをことわれ
138 齋宮 国つ神空にことわる中ならばなほさり事をまづや糺さむ
くにつかみそらにことわるなかならはなほさりことをまつやたたさむ
139 御息所 その神を今日は懸けじと忍ぶれど心の内に物ぞ悲しき
そのかみをけふはかけしとしのふれとこころのうちにものそかなしき
140 源氏 振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川八十瀬の波に袖は濡れじや
ふりすててけふはゆくともすすかかはやそせのなみにそてはぬれしや
141 御息所 鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず伊勢まで誰か思ひ起こせむ
すすかかはやそせのなみにぬれぬれすいせまてたれかおもひおこせむ
142 源氏 行く方を眺めもやらむこの秋は逢坂山を霧な隔てそ
ゆくかたをなかめもやらむこのあきはあふさかやまをきりなへたてそ
143 兵部卿 蔭広み頼みし松や枯れにけむ下葉散り行く年の暮かな
かけひろみたのみしまつやかれにけむしたはちりゆくとしのくれかな
144 源氏 冴え渡る池の鏡の清けきに見馴れし影を見ぬぞ悲しき
さえわたるいけのかかみのさやけきにみなれしかけをみぬそかなしき
145 命婦 年暮れて岩井の水も凍とぢ見し人影の褪せも行くかな
としくれていはゐのみつもこほりとちみしひとかけのあせもゆくかな
146 朧月夜 心から方々袖を濡らすかなあくと教ふる声につけても
こころからかたかたそてをぬらすかなあくとをしふるこゑにつけても
147 源氏 歎きつつ我が世はかくて過ぐせとや胸のあくべき時ぞともなく
なけきつつわかよはかくてすくせとやむねのあくへきときそともなく
148 源氏 逢ふ事の難きを今日に限らずは今幾世をか歎きつつ経む
あふことのかたきをけふにかきらすはいまいくよをかなけきつつへむ
149 藤壺宮 長き世の恨みを人に残してもかつは心をあたと知らなむ
なかきよのうらみをひとにのこしてもかつはこころをあたとしらなむ
150 源氏 浅茅生の露の宿に君を置きて四方の嵐ぞ静心なき
あさちふのつゆのやとりにきみをおきてよものあらしそしつこころなき
151 紫上 風吹けばまづぞ乱るる色変はる浅茅が露に掛かる細蟹
かせふけはまつそみたるるいろかはるあさちかつゆにかかるささかに
152 源氏 かけまくも畏けれどもその神の秋思ほゆる木綿襷かな
かけまくはかしこけれともそのかみのあきおもほゆるゆふたすきかな
153 朝顔斎院 その神やいかがは有りし木綿襷心に懸けて忍ぶらむ故
そのかみやいかかはありしゆふたすきこころにかけてしのふらむゆゑ
154 藤壺宮 九重に霧や隔つる雲の上の月を遥かに思ひやるかな
ここのへにきりやへたつるくものうへのつきをはるかにおもひやるかな
155 源氏 月影は見し夜の秋に変はらぬを隔つる霧の辛くもあるかな
つきかけはみしよのあきにかはらぬをへたつるきりのつらくもあるかな
156 朧月夜 木枯らしの吹くにつけつつ待ちし間に覚束なさの頃も経にけり
こからしのふくにつけつつまちしまにおほつかなさのころもへにけり
157 源氏 逢ひ見ずて忍ぶる比の泪をもなべての秋の時雨とや見る
あひみすてしのふるころのなみたをもなへてのそらのしくれとやみる
158 源氏 別れにし今日は来れども見し人に行き会ふほどを何時と頼まむ
わかれにしけふはくれともみしひとにゆきあふほとをいつとたのまむ
159 藤壺宮 長ら経る程は憂けれど行き廻り今日はその世を逢ふ心地して
なからふるほとはうけれとゆきめくりけふはそのよにあふここちして
160 源氏 月の澄む雲居をかけて慕ふともこの世の闇になほや惑はむ
つきのすむくもゐをかけてしたふともこのよのやみになほやまとはむ
161 藤壺宮 大方の憂きにつけては厭へども何時かこの世を背きはつべき
おほかたのうきにつけてはいとへともいつかこのよをそむきはつへき
162 源氏 眺めかるあまの住み処とと見るからにまづ塩垂るる松が浦嶋
なかめかるあまのすみかとみるからにまつしほたるるまつかうらしま
163 藤壺宮 有りし世の名残だになき浦嶋に立ち寄る浪の珍しきかな
ありしよのなこりたになきうらしまにたちよるなみのめつらしきかな
164 頭中将 それがもと今朝開けたる初花に劣らぬ君が匂ひをぞ見る
それもかとけさひらけたるはつはなにおとらぬきみかにほひをそみる
165 源氏 時ならで今朝咲く花は夏の雨に萎れにけらし匂ふ程なく
ときならてけささくはなはなつのあめにしをれにけらしにほふほとなく
花散里
166 源氏 おち返りえぞ忍ばれぬ時鳥ほの語らひし宿の垣根に
をちかへりえそしのはれぬほとときすほのかたらひしやとのかきねに
167 中川女 時鳥語らふ声はそれながらあな覚束な五月雨の空
ほとときすこととふこゑはそれなれとあなおほつかなさみたれのそら
168 源氏 橘の香を懐かしみ時鳥花散る里を尋ねてぞ訪ふ
たちはなのかをなつかしみほとときすはなちるさとをたつねてそとふ
169 麗景殿 人目無く荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ
ひとめなくあれたるやとはたちはなのはなこそのきのつまとこそなれ
133 六条御息所 神垣は験の杉も無きものをいかにまがへて折れる榊ぞ
かみかきはしるしのすきもなきものをいかにまかへてをれるさかきそ
134 源氏 少女子が辺りと思へば榊葉の香を懐かしみとめてこそ折れ
をとめこかあたりとおもへはさかきはのかをなつかしみとめてこそいのれ
135 源氏 暁の別れはいつも露けきをこは世に知らぬ秋の空かな
あかつきのわかれはいつもつゆけきをこはよにしらぬあきのそらかな
136 御息所 大方の秋の別れも悲しきに泣く音な添へそ野辺の松虫
おほかたのあきのわかれもかなしきになくねなそへそのへのまつむし
137 源氏 八州守る国つ御神も心あらば飽かぬ別れの中をことわれ
やしまもるくにつみかみもこころあらはあかぬわかれのなかをことわれ
138 齋宮 国つ神空にことわる中ならばなほさり事をまづや糺さむ
くにつかみそらにことわるなかならはなほさりことをまつやたたさむ
139 御息所 その神を今日は懸けじと忍ぶれど心の内に物ぞ悲しき
そのかみをけふはかけしとしのふれとこころのうちにものそかなしき
140 源氏 振り捨てて今日は行くとも鈴鹿川八十瀬の波に袖は濡れじや
ふりすててけふはゆくともすすかかはやそせのなみにそてはぬれしや
141 御息所 鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず伊勢まで誰か思ひ起こせむ
すすかかはやそせのなみにぬれぬれすいせまてたれかおもひおこせむ
142 源氏 行く方を眺めもやらむこの秋は逢坂山を霧な隔てそ
ゆくかたをなかめもやらむこのあきはあふさかやまをきりなへたてそ
143 兵部卿 蔭広み頼みし松や枯れにけむ下葉散り行く年の暮かな
かけひろみたのみしまつやかれにけむしたはちりゆくとしのくれかな
144 源氏 冴え渡る池の鏡の清けきに見馴れし影を見ぬぞ悲しき
さえわたるいけのかかみのさやけきにみなれしかけをみぬそかなしき
145 命婦 年暮れて岩井の水も凍とぢ見し人影の褪せも行くかな
としくれていはゐのみつもこほりとちみしひとかけのあせもゆくかな
146 朧月夜 心から方々袖を濡らすかなあくと教ふる声につけても
こころからかたかたそてをぬらすかなあくとをしふるこゑにつけても
147 源氏 歎きつつ我が世はかくて過ぐせとや胸のあくべき時ぞともなく
なけきつつわかよはかくてすくせとやむねのあくへきときそともなく
148 源氏 逢ふ事の難きを今日に限らずは今幾世をか歎きつつ経む
あふことのかたきをけふにかきらすはいまいくよをかなけきつつへむ
149 藤壺宮 長き世の恨みを人に残してもかつは心をあたと知らなむ
なかきよのうらみをひとにのこしてもかつはこころをあたとしらなむ
150 源氏 浅茅生の露の宿に君を置きて四方の嵐ぞ静心なき
あさちふのつゆのやとりにきみをおきてよものあらしそしつこころなき
151 紫上 風吹けばまづぞ乱るる色変はる浅茅が露に掛かる細蟹
かせふけはまつそみたるるいろかはるあさちかつゆにかかるささかに
152 源氏 かけまくも畏けれどもその神の秋思ほゆる木綿襷かな
かけまくはかしこけれともそのかみのあきおもほゆるゆふたすきかな
153 朝顔斎院 その神やいかがは有りし木綿襷心に懸けて忍ぶらむ故
そのかみやいかかはありしゆふたすきこころにかけてしのふらむゆゑ
154 藤壺宮 九重に霧や隔つる雲の上の月を遥かに思ひやるかな
ここのへにきりやへたつるくものうへのつきをはるかにおもひやるかな
155 源氏 月影は見し夜の秋に変はらぬを隔つる霧の辛くもあるかな
つきかけはみしよのあきにかはらぬをへたつるきりのつらくもあるかな
156 朧月夜 木枯らしの吹くにつけつつ待ちし間に覚束なさの頃も経にけり
こからしのふくにつけつつまちしまにおほつかなさのころもへにけり
157 源氏 逢ひ見ずて忍ぶる比の泪をもなべての秋の時雨とや見る
あひみすてしのふるころのなみたをもなへてのそらのしくれとやみる
158 源氏 別れにし今日は来れども見し人に行き会ふほどを何時と頼まむ
わかれにしけふはくれともみしひとにゆきあふほとをいつとたのまむ
159 藤壺宮 長ら経る程は憂けれど行き廻り今日はその世を逢ふ心地して
なからふるほとはうけれとゆきめくりけふはそのよにあふここちして
160 源氏 月の澄む雲居をかけて慕ふともこの世の闇になほや惑はむ
つきのすむくもゐをかけてしたふともこのよのやみになほやまとはむ
161 藤壺宮 大方の憂きにつけては厭へども何時かこの世を背きはつべき
おほかたのうきにつけてはいとへともいつかこのよをそむきはつへき
162 源氏 眺めかるあまの住み処とと見るからにまづ塩垂るる松が浦嶋
なかめかるあまのすみかとみるからにまつしほたるるまつかうらしま
163 藤壺宮 有りし世の名残だになき浦嶋に立ち寄る浪の珍しきかな
ありしよのなこりたになきうらしまにたちよるなみのめつらしきかな
164 頭中将 それがもと今朝開けたる初花に劣らぬ君が匂ひをぞ見る
それもかとけさひらけたるはつはなにおとらぬきみかにほひをそみる
165 源氏 時ならで今朝咲く花は夏の雨に萎れにけらし匂ふ程なく
ときならてけささくはなはなつのあめにしをれにけらしにほふほとなく
花散里
166 源氏 おち返りえぞ忍ばれぬ時鳥ほの語らひし宿の垣根に
をちかへりえそしのはれぬほとときすほのかたらひしやとのかきねに
167 中川女 時鳥語らふ声はそれながらあな覚束な五月雨の空
ほとときすこととふこゑはそれなれとあなおほつかなさみたれのそら
168 源氏 橘の香を懐かしみ時鳥花散る里を尋ねてぞ訪ふ
たちはなのかをなつかしみほとときすはなちるさとをたつねてそとふ
169 麗景殿 人目無く荒れたる宿は橘の花こそ軒のつまとなりけれ
ひとめなくあれたるやとはたちはなのはなこそのきのつまとこそなれ