妻子なけれはすてかたきよすか
もなし。身に官ろくあらす。なに
につけてか執をとゝめむ。むなし
くおほはらやまのくもにふして
いつかへりの 春秋をなんへにけり。
こゝにむそちのつゆきえかたに
をよひてさらにすゑはのやとり
をむすへることあり。いはゝたひ
人のひとよの宿ををひたるかい
(元より)妻子なければ、捨て難き縁もなし。身に官禄あらず。
何に付けてか執をとどめむ。
虚しく大原山の雲に伏して、五かへりの春秋をなん経にける。
ここに六十の露消えがたに及びて、更に末葉の宿りをむすべる事あり。
いはば、旅人の一夜 の宿をつくり、老たる蚕
参考 大福光寺本
妻子ナケレハステカタキヨスカモナシ身ニ官禄アラス。
ナニゝ付ケテカ執ヲトゝメン。
ムナシク大原山ノ雲ニフシテ又五カヘリノ春秋ヲナン経ニケル。
コゝニ六ソチノ露キエカタニヲヨヒテ更スヱハノヤトリヲムスヘル事アリ。
イハゝ旅人ノ一夜ノ宿ヲツクリ老タルカイ