古今著聞集巻第十 相撲強力第十五
畠山重忠力士長居と合ひて其肩の骨を折る事
鎌倉右大將家に、東八カ國うちすぐりたる大力の相撲出來て、申云、
「當時長居に手向ひすべき人おぼえ候はず。畠山庄司次郎ばかりぞ心にくう候。それとても、ながゐをば、たやすくは、いかでかひきはたらかし侍るらむ」と、詞と憚らずいひけり。
大將聞給て、いやましう思ひたまひたる折ふし、重忠出來たりけり。白水干に葛袴、黃なる衣をぞ着たりける。侍に大名小名所もなく居なみたる中をわけて、座上にひしと居たりけり。大將なをちかく、それへ/\とありけれども、かしこまりて侍けり。さて物がたりして、
「抑所望の事の候を、申出さむと思ふが、さだめて不許にぞ侍らむずらむとおもひたまひながら、又たゞにやまむも忍がたくておもひわづらひたる」とのたままはせければ、重忠とかく申事はなくて、畏て聞ゐたりけり。此事たび/"\になりける時、重忠ちと居なをりて、
「君の御大事何事にて候とも、いかでか子細を申候はん」といひたりければ、大將入興し給て、
「その庭にながゐめが候ぞ。貴殿と手合わせをして心見ばやと申候なり。東八カ國打勝りたるよし自稱仕まつる。ねたましうおぼえ候へば、賴朝なりともいでゝ心見ばやと思給へども、とりわきそこをてこひ申ぞ。心見給へ」とのたまはせければ、重忠存外げに思て、いよ/\ふかく畏て、いふ事なし。
大將、
「さればこそ、是は身ながらもひあいの事にて候。さりながらも我所望此事にあり」と侍りける時、重忠座をたちて、閑所へ行て、くゝりすべ、烏帽子かけなどしてけり。長居は、庭に床子に尻かけて候ける。それもたちて、たうさぎかきてねり出でたり。まことにその體、力士のごとくに見えければ、畠山もいかゞとぞおぼえける。
さて、寄合たりけるに手合して、ながゐ、畠山がこくびをつよく打て、袴の前腰をとらんとしけるを、畠山、左右の肩をひしとおさへてちかづけず。かくて程へければ、景時、「いまは事がら御覺候ぬ。さやうにてや候べかるらん」と申けるを、大將、
「いかにさるやうはあらん。勝負あるべし」とのたまはせはてねば、長居をしり居にへしすゑてけり。やがて死入て、足をふみそらしければ、人々よりて、おしかゞめてかき出しにけり。重忠は座に歸着事もなく、一言もいふ事なくて、やがて出にけり。
ながゐは、それより肩の骨くだけて、かたわ物になりて、すまゐとる事もなかりけり。骨をとりひしぎけるにこそ、目おどろきたる事なり。