1 はじめに
2011年3月11日の東日本沿岸部を襲った地震と津波は、1千年に一度の大災害であったことが言われている。
その1200年前の貞観に東北地方を襲った地震と津波は(貞観十一年五月二十六日(ユリウス暦869年7月9日))には、日本三代実録に記録が残ると共に、その36年後に編纂された古今集においては、有名な奥州の多賀城の歌枕の「末の松山」として
君をおきてあだし心を我がもたば末の松山浪も越えなむ(東歌)
浦近く降りくる雪は白浪の末の松山越すかとぞ見る(藤原興風)
と津波は末の松山までは超えなかったとして表現されていると言われる。
一方2012年5月6日に茨城県つくば市で発生した竜巻の災害などの災害、2011年7月の新潟県や2012年7月の九州での豪雨災害を見、そして聞くにつれ、源平時代の災禍を記録し、鎌倉初期に書かれた方丈記が思い起こされ、高校の古文の教材だけでなく、その価値が見直されている。
方丈記については、平家物語との関連が指摘され、当初方丈記は、藤岡朔太郎博士により、後世の偽書説とされてきた。
そこで、平家物語の各本での方丈記の表現を検証して、それについて考察する。
なお、この方丈記には、「建暦二年弥生の晦日ごろ、桑門蓮胤外山の庵にて、これを記す」とあり、1212年と今年が方丈記を記してからちょうど800年に当たる。800年目でも今も天災の中に生きている我々にとって重要な意味を持つと思う。
鎌倉室町時代文学史 藤岡朔太郎 著
今方丈記を源平盛衰記及び平家物語の二書に比するに、頗る相似たる所あり。すなはち方丈記のはじめに、大火の事を記せる條あり。平家物語卷一の内裏炎上の事、及び盛衰記卷四の京中焼失の事に似て、しかも平家物語の方に近し。次に大風の事ありて、これも平家物語卷三及び盛衰記卷十一に同じ事実を記せり。(但しその年月は異なり。而して方丈記の方を正とす)次に福原遷都の事あり。その文前半は平家物語卷五、後半は盛衰記卷十六にしるす所と告知せり。次に飢餓の記事あり。これは盛衰記の卷二十七に見えたり。また大地震のことしるせるが、これも平家物語の卷第十二、盛衰記の卷十一にあり。これらは類似殊に甚し。また日野山の庵室のさまも、平家物語、盛衰記の二書に見えたる大原山の女院の庵室のさま、殊に盛衰記の文に酷似せり。なほ日蓮の見延山御書とも以通へり。また方丈記には玉葉集の「山鳥のほろほろとなく聲聞けば父かとぞおもふ、母かとぞおもふ」の歌を引ける所あり。また卷末にしるしたる「月影は入る山の端もつらかりき、たえぬ光を見るよしもがな」は長明の作にあらずして新勅撰集に出でたる源季廣の歌なり。かくの如く方丈記には、他の書と類似せる個所相次ぐを以て、余はこの書は恐らく後人が諸書の一部を飣餖補綴して作りなせる偽書にして、長明の作ににはあらざるべしと信ず。但し略本は地水火風の變をしるせる條なく、文章も拙く、順序も前後?倒せる個所あり。この方は長明の作にあらじと斷言する能はず。
2 方丈記と平家物語の異本系統
(1)方丈記
方丈記の異本系統には、
(1)広本系統
①古本系統 大福光寺本、前田家本(尊経閣文庫(写真掲載))、保冣本、三条西家旧蔵本など
②流布本系統 嵯峨本、古活字本、正保版本など
(2)略本系統
①長享本
②延徳本
③真字本
とあり、略本系統には、五大天災については省かれているので、広本系統の大福光寺本と流布本系統(国文大鑑)をそれぞれ比較する。
(2)平家物語
平家物語諸本の分類には、琵琶法師が謡い語ったほぼ十二巻の覚一本、流布本、城方本、百二十句本などの「語り本系」と、本として流布した源平盛衰記をはじめ、延慶本、長門本、源平闘諍録などの「読み本系」がある。高橋貞一仏教大学名誉教授は、これを五門三十二類四十四種百二十一本に分類されるという。それぞれがそれぞれの平家物語であり、書写の違い、口伝の違いというより、それぞれの平家物語であるといって良い。
(1) 語り本系
① 一方系(灌頂巻を特立)…、京師本、葉子十行本など
② 八坂系(断絶平家で結ぶ)…城方本、中院本など
③ 一方系・八坂両系…屋代本、百二十句本、鎌倉本など
(2) 読み本系
① 源平盛衰記
② 延慶本
③ 長門本
③ 源平闘諍録
④ 四部合戦状本
⑤ 南都本など
(3) 語り本系を真字で記載しているもの
① 平松家本
② 熱田本
と多くの系統があり、それを全て比較できなことから、それぞれ、ネット上、出版されているものから転写して使用するもので行う。ただし、漢字の部分はひらがなに、新字体のものは旧字体に、句読点のないものは句読点を入れ、真字本は、印影本からテキスト化し、字のない物は○または読み仮名、諸出版本から現代字を探して変えている。