もくしゆくほうにしてよすかじんに しん/\ 苜蓿烽寄家人 岑参 もくしゆくほうへんあふりつしゆんにころかしようなんたうるほすきんを 苜蓿烽邊逢立春葫蘆河上涙沾巾 けいちうたゝこれむなしくあいおもふすみしやしやうにしうさいすひとを 閨中只是空相憶不見沙場愁殺人 へんさいのとうちうで、はるのけいしよくになり、はやはるになつたかとかんして、きよねんのりつしゆん は、さいしどもと一しよにいたがとおもふて、こきやうの事をおもふて、かなしめば、なみたのかわく まもない。けいちうで、さだめてわれをおもふて、うれうるであろふが、むだ事じや。此方 が今この、たびのうれいといふものは、たゑがたい。此しやじようのありさまを、しらぬ ゆへなにともおもふまいが、みたなら、なを/\〱かなしかろふとなり
苜蓿烽寄家人 岑参 苜蓿烽辺、立春に逢ひ、 葫蘆河上、涙(なんだ)巾(きん)を沾す。 閨中只だ是れ空しく相憶はむも、 沙場の人を愁殺するを見じ。 意訳 苜蓿の烽台周辺では、立春を迎え、 葫蘆の河の辺で、涙が溢れて手拭いを濡らしてしまう。 多分お前は今頃、独り部屋で、私のことを心配してくれているだろうが、 砂漠の風景が、人を愁いに沈ませているのを知らないだろう。 ※苜蓿烽 苜蓿峰とする本もある。玉門関の西方の塞外に一定の距離で置かれた五つの狼煙台の一つ。正確な位置は不明。 ※葫蘆河 胡蘆河とも書く。西域にある川だが、どこにあったかは不明。甘粛省の鎮原あたりにも同名の川があるが、そうすれば、苜蓿烽は苜蓿峰となるが確かではない。 唐詩選畫本 七言絶句 巻四