荒海や
佐渡によこたふ
天河
奥の細道 越後路
酒田の余波日を重ねて、北陸道の雲に望む、遙々のおもひ胸をいたましめて加賀の府まで百卅里と聞く。鼠の関をこゆれば、越後の地に歩行を改て、越中の国市振の関にいたる。この間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりてことをしるさず。文月や六日も常の夜には似ず。
荒海や佐渡によこたふ天河
一家に
遊女も寝たり
萩と月
市振
今日は親しらず子しらず犬もどり駒返しなどいふ北国一の難所を超えてつかれはべれば、枕引きよせて寐たるに、一間隔てて面の方に若き女の声二人ばかりと聞こゆ。年老たる男の声も交て物語するを聞けば、越後の国新潟といふ所の遊女なりし。伊勢参宮するとて、この関まで男の送りて、あすは古郷にかへす文したためて、はかなき言伝などしやるなり。「白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契り、日々の業因いかにつたなし」と、ものいふを聞く聞く寝入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しくはべれば、見えがくれにも御跡をしたひはべらん。衣の上の御情に、大慈のめぐみをたれて結縁せさせたまへ」と泪を落とす。不便のことにははべれども、「我々は所々にてとどまる方おほし。ただ人の行くにまかせて行くべし。神明の加護かならずつつがなかるべし」といひ捨て出でつつ、哀れさしばらくやまざりけらし。
一家に遊女もねたり萩と月
曽良にかたれば、書とどめはべる。
新古今和歌集巻第十八 雑歌下
題知らず よみ人知らず
白波の寄する渚に世をすぐす海士の子なれば宿もさだめず
よみ:しらなみのよするなぎさによをすぐすあまのこなればやどもさだめず 有定家雅 隠
意味:私ども遊女は、白波の寄せる渚の舟の上で客を待って世を過ごす海人の子なれば、定まった宿を定める事もありませんよ。
備考:和漢朗詠集 遊女。源氏物語夕顔に引き歌として記載。
わせの香や
分入右は
荒そ海
有磯海
黒部四十八ヶ瀬とかや、数しらぬ川をわたりて、那古といふ浦に出づ。担籠の藤浪は春ならずとも、初秋の哀れとふべきものをと人に尋ぬれば、「これより五里いそ伝ひして、むかふの山陰にいり、蜑の苫ぶきかすかなれば、蘆の一夜の宿かすものあるまじ」といひをどされて、加賀の国に入る。
わせの香や分入右は有磯海