おそきがしれぬれば、春のゆだんの名がたつなり。
物うきは少ふる雪となり。此哥のあとさき
のならび、花のさかぬ時分也。これにて花の
まださかぬを、まつ心をしるべし。春のことを
あしくいはねども、花をさかするは、春のやく
なれば、そしるに成也。春をいたわりたる心ぞ
と也。
一 山邉赤人
一 梓弓はる山近く家居してたえずきゝつる鴬の聲
増抄云。はるといひ居といはんためあづさ弓
と置なり、みやこのうちにては、きかぬ事なるに、
うれしくも春山ちかく此春は家ヰして、
不絶うぐひすをきゝつるとなり。家居と云
はねば、不絶とはとり合ぬなり。かりそめにては
たえずきく事ならぬよし也。一聲二聲きく
さへも有べきに、ひたときくとよろこび
たる也。家ヰしてきゝつるといふてにをは
云残し
をおもふべし。たる義あるべし。春山ちかく
ては、たえずきゝつるうぐひすを、みやこの
中には一聲をもめづらしく待詫たる事
よと、所によりてかわる義をよめる成べし。