むろの八嶋のけぶりのたつ所なるべしと。すいし
たる也。わたりとはあたりなり。渡にあらず。室
八嶋は、下野にあるひろき野也。そこに
水ありて、八所にしまあり。その水より煙が
たつとなり。朝霞を浅字にとりなし
深くみゆるやとよみたるあんり。かやうのところ
哥のいのち成となり心をつくべし。
一 晩霞といふ事をよめる。 後徳大寺左大臣
実定也。大炊御門ノ右大臣公能男。母は俊忠卿ノ
女、從二位豪子。 十六首入。
一 なごの海の霞のまよりながむれば入り日をあらふ奥つ白波
増抄云。那古海。摂津国、住吉郡。同名越中
射水郡ニ有リ奈呉海。哥の心は、海の遠望なり。
西に入日をみれば海のうちに入やう也。あらふ
とは入ざまに日影明にみゆる故に、波があらひて
かゝるかとの作也。かすみの間よりみたる
氣色おもひやるべし。
頭注
海 釈名云。海ハ晦也。
主引穢濁ヲ其水
黒而晦。
博物志曰。天地四方
皆海水相通也。
地在其中。蓋無
幾也。
※釈名 後漢末の劉熙が著した辞典。全8巻。 その形式は「爾雅」に似ているが、類語を集めたものではない。声訓を用いた説明を採用しているところに特徴がある。著者の劉熙については、北海出身の学者で、後漢の末ごろに交州にいたということのほかはほとんど不明である。「隋書」経籍志には、劉熙の著作として「釈名」のほかに「諡法」および「孟子」の注を載せている。
※博物志 中国の奇聞,伝説集。西晋の張華の著。 10巻。神仙や異常な人間,動植物についての記録を主とし,民間伝説などが交る。張華は神秘的な逸話がいくつかあるほど博学で,本書はその知識を駆使して珍しい話を書き記したもの。王嘉の『拾遺記』によれば,もとは 400巻あったものを,武帝から内容が疑わしいとして削除を命じられて 10巻になったという。ただ,六朝から唐にかけての書に『博物志』として引用された文章で現行の『博物志』に記載されていないものがしばしばあり,また,話が断片的なものが多いところから,原本は一度失われ,現行本は後人が他書に引用されたものを集めたものと考えられる。