尾張廼家苞 四之下
千五百番歌合に 俊成卿女
ならひ來したが偽もまだしらでまつとせしまの庭の蓬生
千五百番歌合に、四ノ句のゝもじにとあり、さてはこよなく
おとれり。上句ならひ來しとは世のならひとなり來しと云
意にて、契をたがふる偽は世のならひになり來し事なれども
我はそのならはしの、たが偽も、いまだしらずして也。まだしらで
とは、その偽にいまだあはぬをいふ。むつかしき歌なり。しばらく此分に心う
べくや。一説、通例世上の人は、契もた
がへ、いつはりするも常の事也。我おもふ人は、契はたがへじ偽はあらじとおもひしにや
はり世のならひに偽して、契をたがふるともしらで、けふあすと人まつほどに、庭は蓬
生となり
たると也。下句はそれ故人の契りしことをまことゝおもひて、待
とせしまに、はやく人は偽にてとひも來ずして、かくの如く庭は蓬 生とあれたりと也。めでたしいとめでたしとあるは、庭の蓬生上句によせな きをいかにゆるさるゝにか。雪げにくもる春のよの云々の ために、われ 寃をうたふ。 經房卿家哥合に久戀 二條院讃岐 跡たえて淺茅が末になりにけりたのめし宿の庭の庭の白露 二三の句は、後拾遺に物をのみおもひしほどにはかなくて浅 ぢが末に世はなりにけりといふをとりて詞の先 例なり。 庭のあれ たるさまをかねて、露も淺ぢが末におくやうになりたり。 と也。一首の意は、又もとはんとたのめ置きし此宿の庭は、人跡たえて 淺ぢが末となりて、露さへしげいやうになりしとなり。 摂政家百歌に 寂蓮
こぬ人をおもひたえたる庭の面のよもぎが末ぞまつに増れる すべては、たのめつゝ來ぬ夜あまたになりぬればまたじと おもふぞまつに増れるとあるを本哥として、其歌の心なるを、 三四の句は心えがたし。たえはてたる後、待れし時より、も物おもひが 増るといふ事、よく聞えたり。一首の意は、此人は 今は来ぬ物なれば、またじと思ひ絶たる我宿の蓬の末 が高く成行をみるぞ。待れしほどの物思ひより増ると也。もし庭の蓬の いたく立のびて松よりも高くなりたる意にいひかえたるにや。 もし其心ならばいかゞ。すべて物を甚くいひなすは常のこと ながら、蓬の松よりも高くなれるとはあまりなるいひざま也。此心 には あらず。されど三四の詞つゞき いかぞやきここゆるなり。 題しらず 通光卿
たづねても袖にかくべき方ぞなき深きよもぎの露のかごとは 蓬生巻に尋ねても我がこそとはめ道もなくふかき蓬の もとの心をといへる哥をとれり。尋ぬるは、上にいへるごとく 昔の事をもとめ出ていひける也。本哥にもとの心をとあるに てもしるべし。蓬といふから露といひ、露といふから袖にかく べきとはいへるにて、二三句はかこち恨べき方ぞなきといふ意也。 深き蓬の露のかごとは、深き蓬生の宿とあれて露し げきことをいひたてゝ恨むるを云。一首の意は、今は早くかよ ひし跡もなく、蓬生となれる宿にて、其人はたえてとひも來 ず。たよりも絶ぬれば、昔の契をいひ出て、君がつれなくなれ
るによりて、かく宿はあれ果侍ぬとかこちうらむべき方 もなしと也。
※後拾遺に物をのみ~ 後拾遺集 雑歌三 世の中つねなくはべりけるころよめる 和泉式部 物をのみ思ひひし程にはかなくて浅茅が末に世はなりにけり
※たのめつゝ來ぬ夜あまたに~ 拾遺集恋歌三 題しらず 人麿 たのめつつこぬ夜あまたに成りぬればまたじと思ふぞまつにまされる
※露のかごとは→露のかごとを
※蓬生巻に、尋ねても我~ 源氏物語 蓬生帖 源氏 尋ねても我こそ訪はめ道も無く深き蓬のもとの心を
とせしまに、はやく人は偽にてとひも來ずして、かくの如く庭は蓬 生とあれたりと也。めでたしいとめでたしとあるは、庭の蓬生上句によせな きをいかにゆるさるゝにか。雪げにくもる春のよの云々の ために、われ 寃をうたふ。 經房卿家哥合に久戀 二條院讃岐 跡たえて淺茅が末になりにけりたのめし宿の庭の庭の白露 二三の句は、後拾遺に物をのみおもひしほどにはかなくて浅 ぢが末に世はなりにけりといふをとりて詞の先 例なり。 庭のあれ たるさまをかねて、露も淺ぢが末におくやうになりたり。 と也。一首の意は、又もとはんとたのめ置きし此宿の庭は、人跡たえて 淺ぢが末となりて、露さへしげいやうになりしとなり。 摂政家百歌に 寂蓮
こぬ人をおもひたえたる庭の面のよもぎが末ぞまつに増れる すべては、たのめつゝ來ぬ夜あまたになりぬればまたじと おもふぞまつに増れるとあるを本哥として、其歌の心なるを、 三四の句は心えがたし。たえはてたる後、待れし時より、も物おもひが 増るといふ事、よく聞えたり。一首の意は、此人は 今は来ぬ物なれば、またじと思ひ絶たる我宿の蓬の末 が高く成行をみるぞ。待れしほどの物思ひより増ると也。もし庭の蓬の いたく立のびて松よりも高くなりたる意にいひかえたるにや。 もし其心ならばいかゞ。すべて物を甚くいひなすは常のこと ながら、蓬の松よりも高くなれるとはあまりなるいひざま也。此心 には あらず。されど三四の詞つゞき いかぞやきここゆるなり。 題しらず 通光卿
たづねても袖にかくべき方ぞなき深きよもぎの露のかごとは 蓬生巻に尋ねても我がこそとはめ道もなくふかき蓬の もとの心をといへる哥をとれり。尋ぬるは、上にいへるごとく 昔の事をもとめ出ていひける也。本哥にもとの心をとあるに てもしるべし。蓬といふから露といひ、露といふから袖にかく べきとはいへるにて、二三句はかこち恨べき方ぞなきといふ意也。 深き蓬の露のかごとは、深き蓬生の宿とあれて露し げきことをいひたてゝ恨むるを云。一首の意は、今は早くかよ ひし跡もなく、蓬生となれる宿にて、其人はたえてとひも來 ず。たよりも絶ぬれば、昔の契をいひ出て、君がつれなくなれ
るによりて、かく宿はあれ果侍ぬとかこちうらむべき方 もなしと也。
※後拾遺に物をのみ~ 後拾遺集 雑歌三 世の中つねなくはべりけるころよめる 和泉式部 物をのみ思ひひし程にはかなくて浅茅が末に世はなりにけり
※たのめつゝ來ぬ夜あまたに~ 拾遺集恋歌三 題しらず 人麿 たのめつつこぬ夜あまたに成りぬればまたじと思ふぞまつにまされる
※露のかごとは→露のかごとを
※蓬生巻に、尋ねても我~ 源氏物語 蓬生帖 源氏 尋ねても我こそ訪はめ道も無く深き蓬のもとの心を