なきものかなと終たる哥也。猶ふかき心いひはてぬ
哥也。是はさかひに至るほど吟味ふかゝるべし位
ほどおもしろくもあはれにもなる哥なり。又
筑紫より僧正祐賢住吉社に百日参籠有て
直に明神の御姿を拝み奉りたきと祈念有
しに満する暁うつゝとも夢とも覚えず此哥
を社頭の内より三返たか/"\と詠吟のこゑあり上人
は則住吉明神なりと書たる子細あり。頓阿自記也。
○見わたせば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の
夕ぐれ
此哥のうち聞えたるやうなれどもふかき心あり。
一年の内いひつくしかきつくすべきにあらず
さま
に心をつくし侍る中に春は鴬を聞ゝ梅柳
桜にまで詠め絶ず明ぼのゝかすみわたり
たる躰四時にもすぐれ侍り。兼家卿哥に
引
思ひきや四の時には花の春春の中には明ぼのゝ空
夏冬は暑寒に心をくるしめ秋は又春にひきかへ
て荻の音をはじめ●草/\の花咲露に
やどる月の影さやかに梢のもみぢ色をそへて
あはれさの是よりまさる事はあらじと思ふに
秋の夕暮うらのとま屋を見わたせばいつとも
わかぬけしきを成して世中はかくこそ侍りけれ
何事もいたづらごとなり。身躰も世間にとゞま
らぬものなればはてはたゞうらのとま屋の秋の夕暮
なりといひすてたる哥なり。又説花紅葉も
なき躰かへりておもしろしと秋の感を見てたてゝ
さても言語道断の事外と思ふに花紅葉も
なしものをかざりなどもせぬ真実の事はあるといふ
にや。巧言合色を聖人のいさむる道理によく相
叶か人間万事如此涙おさへがたき哥なり。
※ふかき心あり→少かわけがたき所侍るにや(常縁新古今聞書、幽斎補筆聞書黒田家本による。以下同じ)
※あらずさま→あらずさま/"\
※中に春は鴬を聞ゝ梅柳桜にまで詠め絶ず明ぼのゝかすみわたりたる躰四時にもすぐれ侍り。
→
中にも春は梅柳よりはじめて鴬を聞ゝ遠こちかすみわたり桜やう/\さきはじめて春の明ぼのゝたぐひなく四時にもすぐれ侍り。
※炎寒に心をくるしめ →くるしむ方おほく
※春にひきかへて→春のけしきにひきかへて
※荻の音をはじめ●草/\の→荻の音も身にしみて野べの草/\も
※やどる月の影→やどれる月影
※是よりまさる事は→是より外には
※あらじと思ふに→あらじと思ひあくがれたるに春も昔になり秋のもみぢも散はてゝ何の名残なくなりたる
※秋の夕暮うらのとま屋を見わたせばいつともわかぬけしきを成して
→
秋の暮れ方に浦のとまやを見わたせばよる白波のいつともわかぬけしきをながめて
※とゞまらぬものなればはては→とゞまらぬ物なり。はては
※おもしろしと→おもしろし。
※秋の感を→秋の夕の感を
※さても言語道断の事外→さてもおもしろや
※かざりなどもせぬ→かざりなどもせぬに
※巧レ言(ことをよくし)合(よくする)レ色を→こと葉をたくみにし色をよくするを
※よく相叶か人間万事如→相叶歟人間萬事如
※兼家卿哥に思ひきや四の時には~
夫木和歌集巻巻五 春歌五 京極為兼
思ひそめき四つの時には花の春春のうちには曙の空
金玉歌合