千五百番ノ歌合に 俊成ノ卿ノ女
かくてしもあかせばいく夜過ぬらむ山路の苔の露のむしろに
初句のし°はやすめことばにて、かくても也。 二三の句は、あか
せばあかされて、いく夜過ぬらむなり。
摂政ノ家ノ哥合に羈中ノ晩ノ嵐
定家朝臣
いづくにかこよひは宿をかり衣日も夕ぐれの峯の嵐に
詞つゞきめでたし。
旅のうた
旅人の袖ふきかへす秋風にゆふひさびしき山のかけはし
秋風夕日山のかけはし、おの/\こと/\にて、たがひ
に何のよせもなく、其うへに、三の句より下、旅人の縁
もなし。かやうにたゞ物をあつめて、けしきをいひ
ならべたるは、玉葉風雅のふりにちかし。
家隆朝臣
故郷にきゝし嵐の聲もにずわすれね人をさやの中山
めでたし。詞めでたし。 わすれねば、わすれよ
かしといふ意なり。此ね°を、ぬ°と書る本共は誤也。
結句は、さやといふ詞にいひかけたり。さやは、さやう
にやはなり。 一首の意は、嵐の聲も、故郷にて聞し
には似ず。かはりたるに、さのみやは故郷人をわすれ
ず、戀しのぶべき。今は故郷人の事を、忘れよかし
と、我心にいふなり。 又おもふに、上句、あらしの音
さへかはりぬれば、人の心もさぞかはりつらむ物を、といふ
意もあるべきか。哥ぬしの心はかりがたし。
雅經
白雲のいくへの峯をこえぬらんなれぬ嵐に袖をまかせて
あらしに袖をまかせてとは、嵐のふくまゝに、ふかれ
てゆくをいふ。
家長
今日は又しらぬ野原に行くれぬいづれの山か月はいづらむ
初句、又は、下へつけて心得べし。日々にかはる意あり。
下句、月の出る方さへしられぬさま、あはれなり。
和歌所ノ哥合に羈中ノ暮 俊成卿女
故郷も秋はゆふべをかたみにて風のみおくるをのゝしの原
初句も°じは、遠くへだゝり來ぬる故郷もの意也。
二三の句は、秋はかならず夕暮に風の吹ものなれば、其夕
風が形見にて、故郷のかたより、我をおくり來るよし
なり。 風のみといへるは、風より外には、故郷のかたみとすべき
物なきよしなり。さてのみの下へ、は°もじをを入て心得
べし。 小野のしの原は、風に縁はあれども、少し
はたらかぬこゝちす。
※此ね°を、ぬ°と書る本共は誤也→
「わすれぬ」穂久邇文庫本、前田家本、寿本
「わすれね」為相本、東京大学付属図書館伝橋本公夏筆本
神戸市布引滝 猿のかずら橋 歌碑
小夜の中山