新古今和歌集 巻第十五 戀歌五
題しらず よみ人知らず
忘るらむと
おもふこころの
疑に
ありし
よりけに
ものぞ悲しき
読み:わするらむとおもうこころのうたがいにありしよりけにものぞかなしき 隠
意味:私のことを忘れてしまっているのではないかと疑っている自分に気づいて、前よりも一層悲しくなってしまいました。
備考:伊勢物語 第二十一段
むかし、をとこ女、いとかしこく思ひかはして、こと心なかりけり。さるをいかなる事かありけむ、いさゝかなることにつけて、世の中をうしと思ひて、出でていなむと思ひて、かゝる歌をよみて、物に書きつけける。
出でていなば心輕しといひやせむ世のありさまを人は知らねば
とよみおきて、出でていにけり。
この女かく書きおきたるを、けしう、心おくべきともおぼえぬを、何よりてかかゝらむと、いといたう泣きて、いづかたに求め行かむとかどに出でて、と見かう見みけれど、いづこをはかりとも覺えざりければ、かへり入りて、
思ふかひなき世なりけり年月をあだにちぎりて我や住まひし
といひててながめ居り。
人はいさ思ひやすらむ玉かづら面影にのみいとゞ見えつゝ
この女いと久しくありて、念じわびてにやありけむ、いひおこせたる。
今はとて忘るゝ草のたねをだに人の心にまかせずもがな
返し
忘れ草植うとだに聞くものならば思ひけりとは知りもしなまし
又/\ありしよりいにいひかはして、をとこ
わするらむと思ふ心のうたがひにありしよりけにものぞかなしき
返し
中空に立ちゐる雲のあともなく身のはかなくもなりにけるかな
とはいひけれど、おのが世々になりにければ、うとくなりにけり。