尾張廼家苞 四之下
定家朝臣
消わびぬうつろふ人の秋のいろに身をこがらしの杜の下露
本哥六帖に、人しれぬおもひするがの國にこそみをこがら
しの杜はありけれ。初句は露の縁語にて、思ひきえてわび
しき意なり。初句消るは死る事。一首の意は、人の心があきにう
つろふ故、身をこがしてしにもやらで物おもふとなり。
摂政家歌合に 寂蓮
こぬ人を秋のけしきやふけぬらんうらみによわる松虫の声
初句のをもじ六百番歌合にのとあり。のなればこと
もなし。此集に改めて入られたるにや。をにては四の句へ
かゝれり。をにてもきこゆれど猶のとある哥合によるべし。一首の意
こぬ人が我を厭たけしきが段々ふかくなるとみゆる
ゆゑうらみてまちよわると也。
まつ虫に待意をもたせたり。此哥はやといひらむといへるたゞ
松虫のうへをよめるになりておのが恋の意をよそへたる
にはなり難し。いかゞ。松虫の声もと、もゝじを加ふれば、戀
の歌になれども、もゝじを置べき所なければせんかたなし。
やといひ、らんといへるは、をとこの上の子となれば、をとこのわれをあきたる意のす
ゝみやしつらんといふ事なれば、いかでか虫の意になり難からん。下句はまちよわり
たる義にて、松虫は我身のたとへ声といふもじになく意はあるべし。一首の意
は、來ぬ人が、いよ/\われをあいたのかしらぬとおもふ故うらみて此ころは待よわ
りて泣てばかりをると也。もゝじを
またずして、恋の歌なる物をよ。
戀の歌とて 慈圓大僧正
我こひは庭の村萩うら枯て人をも身をも秋の夕ぐれ
此哥はいかに思ひめぐらしても心得がたし。其故は、下句秋
といふをあく心にとらざれば、二のをもといふ詞
落着なし。然るに身をあくとおいふはさる事なれ
ども、人をもあくといふ事あるべくもあらざれば也。
是は一わたりさる事のやうにう聞こゆれど、考るにさには
あらじ。そは秋といふもじを、人をも身をもあくと秀句に
みられたるゆゑの事なり。こゝは、秋は物わびしき時
なれば、わびしき事に用ひたる秋の字にて、俗にこまつたと
いふ事
なり。 一首の意は、秌の夕ぐれに、うら枯たる庭
の萩をながめて、おもへらく我戀は、あのむら萩の
ごとく、かれぬる中なれば、人をも身をもうらみ
しほれたりとなり。一首の意は我戀する中は庭前の
むら萩のごとく、かれ/\になりて、
其人のこゝろのかれたるをも。また我身のうき事をも、
わびしlくこまり入たる秋の夕ぐれかなと、いちなげき
たる心
ばへなり。三の句、契のかれたる意と、うらむる意とを
かねたるべし。三の句にうらむる意はなし。たゞ我おもふ人の
こゝろのかはりたる事を、秋の夕暮といへる。
下の句の餘音にこもりてきこゆる。哥道の妙なり。
万葉第十一、我せこにわが恋をれば我君の、草さへ
おもひうら枯にけり。是はたゞ草のうら枯たりといふ
詞の出所にて、此哥を本哥にもと
づきてよみたるにもあらねば、
させる用なし。
※六帖に、人しれぬおもひ~
古今和歌六帖 第二 森
人知れぬ思ひするがの國にこそ身をこがらしの森はありけれ
※初句のをもじ六百番歌合にのとあり
六百番歌合 恋下 寄虫恋
こぬ人の秋のけしきやふけぬらむうらみによわる松むしのこゑ
※万葉十一、我せこに恋をれば~
万葉集巻第十一 寄物陳思 読人不知
我背兒尓吾戀居者吾屋戸之草佐倍思浦乾来
我が背子に我が恋ひ居れば我が宿の草さへ思ひうらぶれにけり
拾遺集 恋歌三
女の許につかはしける
人麿
わがせこをわがこひをれはわがやどの草さへ思ひうらがれにけり
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