新古今和歌集 巻第十五戀歌五
題しらず
よみ人知らず
君があたり
見つつ
を居らむ
伊駒山
雲なかくしそ
雨は降るとも
読み:きみがあたりみつつをおらむいこまやまくもなかくしそあめはふるとも
意味:あの人がいる大和の国の方をみていたいので、生駒山を雲で隠さないでください。例え雨が降ったとしても。
備考:伊勢物語 第二十三段 万葉集 第巻十二 3032
巻第三戀歌三
題しらず
よみ人知らず
君來む
といひ
し夜毎に
過ぎぬれば頼まぬ物
の戀ひつつぞ經る
読み:きみこむといいしよごとにすぎぬればたのまぬもののこいつつぞふる 隠
意味:君がまた来ようとおっしゃった夜が幾夜過ぎてしまいましたので、貴方のことはあてにしないつもりですが、それでもやはり貴方のことが恋しく思いながら過ごしています。
備考:伊勢物語 二十三段 八代集抄、定家十体
むかし、ゐなかわたらひしける人の子ども、井のもとに出でてあそびけるを、おとなになりにければ、をとこも女も恥ぢかはしてありけれど、をとこはこの女をこそ得めと思ふ。女はこのをとこをと思ひつゝ、親のあはすれども、聞かでなむありける。さて、この隣のをとこのもとよりかくなむ。
筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしないも見ざるまに
女、返し
くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべき
などといひ/\て、つひにひのごとくあひにけり。
さて、年ごろ經るほどに、女、親なくたよりなくなるまゝに、もろともにいふかいひなくてあらむやはとて、かふちの國、高安のこほりに、いきかよふ所出できにけり。さりけれど、このもとの女、あしと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、をとこ、こと心ありてかゝるにやあらむと思ひうたがひて、せんざいの中にかくれゐて、かふちへいぬる顏にて見れば、この女、いとようけさうじて、うちながめて、
風吹けば沖つ白浪たつた山夜はにや君がひとりこゆらむ
とよみけるをきゝて、限りなくかなしと思ひて、かふちへもいかずなりにけり。
まれ/\かの高安に來て見れば、はじめこそ心にくもつくりけれ、今はうちとけて、手づからいひがひとりて、けこうつは物に盛りけるを見て、心うがりていかずなりにけり。されば、かの女、大和の方を見やりて、
君があたり見つゝを居らむ生駒山雲なかくしそ雨は降るとも
といひて見いだすに、からうじて、大和人來むといへり。よろこびて待つに、たび/\過ぎぬれば、
君來むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの戀ひつゝぞふる
といひけれど、をとこ住まずなりにけり。
奈良県天理市在原神社 JR櫟本駅 南東500m