一 刑部卿頼輔哥合し侍けるによみてつかはし
ける 皇太后宮大夫俊成
一 聞人ぞ涙は落るかへるかりなきて行なるあけぼの空
増抄云。古今にかりのなみだや落つらんとよめる
を土代として、かりよりもきく人のなみだが落
るよし也。この哥の心をよくおもへば、かり金
はふるさとへゆく故に、なみだは落さずして、
よろこびて行ならんか。きく人はなごりを
おしみてなみだをおとすとなり。古今の
哥は、かりが涙が秋落るとあるは、かりもたび
の空にて物おもふ故との作なれば、これは春
かへるかりなれば、なみだはなきよし也。よく/\
かゝるこゝろを心をつけておもひ給ふべし。
頭注
あけぼのゝ空と
いひたるはたび立
ものは早天にいで
たつ故にかりも
あけぼのに/\
こゝろにてあけ
ぼのゝ空といひ
とめたるとなり。
※刑部卿頼輔 難波頼輔。平安時代後期から末期にかけての公卿・歌人。藤原北家花山院流、大納言・藤原忠教の四男。蹴鞠の二大流派、難波・飛鳥井両家の祖。飛鳥井雅経の祖父。
※哥合し侍りけるに 嘉応元年(1169年)の催し。
※古今にかりのなみだや~
古今集 秋歌上
題しらず よみ人知らず
なきわたる雁の涙や落ちつらむ物思ふ宿の萩のうへの露