尾張廼家苞 四之下
題しらず 左近中將公衡
戀わびて野べの露とはきえぬとも誰か草葉をあはれとはみむ
上ノ句はおもひ死にしぬる意。下句はその墓所の草葉をみて
あはれともおもはじと也。誰かといひてもおもふ人の事なり。
通具卿
とへかしな尾花がもとのおもひ草しをるゝ野べの露はいかにと
本歌、道のべのを花がもとのおもひ草いまさら何の物かおもはむ。
一首の意は、人のつれなきに、おもひしをるゝわが袂の露は、いかばかりし
げき物ぞと、おもふ
人のとへかしと也。
寂蓮
なみだ川身もうきぬべきね覚哉はかなき夢の餘波ばかりに
下句に川の縁あらまほし。げにこれは川といふもじ
なくてぞあらまし。
百首歌奉りし時 家隆朝臣
あふとみてことぞもなくあけにけりはかなの夢のわすれがたみや
忘れがたみとは、即夢をいへる也。夢を形見に
するなり。 夢はむかしあ
ひし時のかたみなれば也。此注は聞えがたし。猶たしかなるかたみも
あるべきに、たゞゆめ斗をかたみにするがはか
なき也。一首の意は、まれにあふとみて、何の間もなく夜の明し事、
わすれがたみといふ物も、あだなる夢故さめて後が悲しいと也。
千五百番哥合に 俊成卿
哀なりうたゝねにのみ見し夢のなあきおもひにむすぼゝれなん
初句いうならず結句にはもじをそへてみる哥也。
さるべき時は初句もいふなるべし。結句むすぼゝなん
事はあはれ也と上へかへる意なるべけれど、何とかや拍子の
たがひたる心地す。結句に至要のはもじを省きたる哥故、しかおもはるゝ也。
めづらしき事にはあれど、千變百出の中野一ッの趣なり。
二三ノ句ははかなく逢見し意をいへり。二三の句は、うたたねの夢ニ
ばかりみし故にといふ意。
のもじたゞよはしきが如くなれど其故を以てと
いふ事をふくめたり此集に此例多し随筆に云々のみはたゞうたゝね
にみしばかりのといふ意也。先生は此哥の二三の句を、うつゝに逢し事なれ
ども、夢といへるははかなきたとへ也と心えられたり。そは
誤解也。詞のごとく轉寐の
夢にばかりあふとみし也。 されど此のみてふ言見しの上ニある故
に、いつも/\うたゝねニのみといへるやうニ聞えて、いかゞ。いつも轉寐
の夢にみし
といふ事なれば、何の
いかゞなる事もなし。 其心にては下句にかけ合あしき哥なり。誤解
して
の論なればあたらず。一首の意は、この比は、うたゝねの夢ばかりにあふとみて、う
つゝにてはあはむ事なれば、いよ/\いつまでもおもひがむすぼゝれうとおもへば、
あはれなる
事と也。
題しらず 定家朝臣
かきやりし其黒かみのすぢごとに打ふすほどはおおかげぞたつ
初句は共に寐し夜かきやりし女の髪也。すぢごとには、く
はしくこまかにといふ意。其女の面影の委しくこまかに
みゆるよし也。すぢごとには、俗に一すぢ/\にといふ。一首の意は、さきに
共寐せし夜、長き髪をかきやりて打ふしたりし、其黒
かみが、一すぢ/\に
面かげにたつと也。
和歌所歌合に逢不遇戀
俊成卿女
ゆめかとよみし面影も契りしもわすれずながらうつゝならねば
結句は、今は面影もみることなく、今は面影ばかりみえてわす
れぬ也。みることなくてとはいかゞ。
ちぎりしことも跡なくなりぬるをいふ。さきにあいし時契り
しことの耳に殘りて
今もわす
られぬ也。さて此歌にては、面影は常にいふとは聊かはりて、其
人の顔姿を云也。俤、常と何か殊ならん。一首の意、先に相みし時のおもかげも身
にそひてわすれず其時契りし殊も耳に殘りて忘れず
ながら、人の心のかはりて、うつゝともあおもはれ
ねば、もし是は夢かもしらぬと也。
※本歌、道のべのを花がもとのおもひ草いまさら何の物かおもはむ
万葉集巻第十 2200
道邊之乎花我下之思草今更尓何物可将念
道の辺の 尾花が下の 思ひ草今さらさらに何をか思はむ
続後拾遺集 恋一
題しらず よみ人しらず
道の辺の尾花が本の思ひ草いまさら何の物かおもはん
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