源氏物語　湖月抄　手習　横川の僧都の大尼長谷寺参詣帰京

　　　　　　　よ　　　　　　　　　　　　そうづ そのころ横川になにがし僧都とかいひて、 いとたうとき人すみけり。やそぢあまり 　　大尼　いそぢ　　　　　　細源信のいもうと安養の尼に似たり の母、五十ばかりのいもうと有けり。ふるき ぐわん　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　細僧都の弟 願ありて、はつせにまうでたり。むつま 子也。母に具したる也 じうやんごとなく思ふでしのあざりをそへ 　長谷寺へ願果しに供養する也 て、仏經くやうずることをこなひけり。ことゞ 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　抄奈良阪大和也 もおほくしてかへるこゝちに、ならざかとい ふ山こえけるほどより、このはゝのあま君ﾞ こゝちあしうしければ、かくてはいかでかのこ りのみちをも、おはしつかんともてさはぎ て、うぢのわたりにしりたりける人の家 ありけるにとゞめて、けふばかりやすめ奉る 頭注 その比　細其比とは先時 代を書り。僧都は恵心 僧都に比したる歟。河 海にみえたり。河恵心 院源信ﾊ大和ﾉ國葛城 郡ﾘﾉ人、父占部正親母ﾊ清 原氏。遁世ｼﾀ後隠居ｽ横河ﾉ 谷ﾆ仍ﾃ号ｽ横河ﾉ僧都ﾄ 畧記之　愚傳委ｼ元享尺 書。 ふるきぐはんありて 細源信僧都の母長谷の 観音の利生にて僧都 を生じたる事あり。さ れば初瀬にまふでける よせある也。愚案此事 花鳥に見たり。又元 享尺書には詣高尾寺 求子母夢一僧与一顆 玉乃妊云々。 うぢのわたりにしりたり ける人　抄宇治に此阿闍 梨などの知人の家なるべし。 　　　　　　　　　　　　　　　　　よかは　僧都のかたへ母大尼の煩を にいたうわづらへば、横川にせうそこし 告し也　　僧都心 たり。山ごもりのほいふかく、ことしはいでじ 　　　　　　　　　　　かぎり と、思けれど、限のさまなるおやの、みちの そら 空にてなくやならんとおどろきて、いそぎ 抄僧都の下山也　　孟八十歳はかりなれば也　　 ものし給へり。おしむべかもあらぬ人のさま 　　僧都のみづから加持する也。孝心可感　験 を、みづからも、でしの中にも、げんあるして、 かぢしさはぐを、家のあるじきゝて、みたけさ うじしけるを、いたうおい給へる人のをもく なやみ給ば、いかゞとうしろめたげに思て 　　　　　　　　　　僧都心 いひければ、さもいふべきことゝいとおしう思 　　　　　　其宿也 て、いとせばくむづかしうもあれば、やう／＼ 大尼君をつれて歸るべきにと也　細天一悪き神き方の神也 ゐて奉るべきに、なか神ふたがりてれい 頭注 山ごもりのほいふかく 孟三年籠るなれど母 の煩ひなれば出給ふ也。河 に委。愚案河には恵心僧 都妹の終焉之時僧都 山籠りなれば京に 出がたしとて西坂本 に來會して清義坊 と共に地蔵を念じて 蘇生せしむる事古事 談にありと云々。 みたけさうじ　花金峯 山精進んみは後夜於庭前 礼拝金峯山百度すと 云々。一段きぶき精進也。 三此家あるじみたけさ うじする也。此煩ふ人死 すれば精進のけがるゝ なり。       その比、横川に某僧都とか云ひて、いと貴き人住みけり。八十路余りの母、 五十ばかりの妹有けり。古き願ありて、長谷に詣でたり。睦まじう止ん事無 く思ふ弟子の阿闍梨を添へて、仏経供養ずる事を行ひけり。事ども多くして て帰る心地に、奈良坂と云ふ山越えける程より、この母の尼君心地悪しうし ければ、かくては如何でか殘りの道をも、御座しつかんともて騒ぎて、宇治 のわたりに知りたりける人の家ありけるに留めて、今日ばかり休め奉るに、 いたう煩へば、横川に消息したり。山籠もりの本意深く、今年は出でじと、 思ひけれど、限の樣なる親の、道の空にて亡くやならんと驚きて、急ぎもの し給へり。惜しむべかも有ぬ人の樣を、自らも、弟子の中にも、験あるして、 加持騒ぐを、家の主聞きて、 「御岳精進（さうじ）しけるを、いたう老い給へる人の重く悩み給へば、如 何」と後めたげに思ひて云ひければ、さも云ふべき事と、いと惜しう思ひて、 いと狭（せば）く難しうもあれば、やうやう居て奉るべきに、中神塞（ふた） がりて、例   ※古事談　恵心僧都妹尼〈安養尼〉終焉之時者～   略語 ※奥入　源氏奥入　藤原伊行 ※孟　孟律抄　　九条禅閣植通 ※河　河海抄　　四辻左大臣善成 ※細　細流抄　　西三条右大臣公条 ※花　花鳥余情　一条禅閣兼良 ※哢　哢花抄　　牡丹花肖柏 ※和　和秘抄　　一条禅閣兼良 ※明　明星抄　　西三条右大臣公条 ※珉　珉江入楚の一説　西三条実澄の説 ※師　師（簑形如庵）の説 ※拾　源注拾遺