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江談抄 博雅の三位琵琶を習ふ事

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江談抄第三 六十三

博雅の三位琵琶を習ふ事

博雅の三位の會坂の目暗に琵琶を習へるは知らるゝか、いかん

と。答へて曰はく

知らず

と。談りて曰はく

尤も興有る事なり。博雅は高名の管絃の人にて、いみじく道を重く求めるに、會坂の目暗は琵琶最上の由、世上に風聞す。人々請ひ習はしむといへども、さらにもつて得ず。また、住まふ所極めてもつてところせくて、行き向かふ人少々に、博雅まづ下人をもつて内々にいはするやう、

などかくて思ひ懸けざる所には住ひするぞ。京都に居て過ぎよかし。

とすかすに、目暗歌を詠みて曰はく

世の中はとてもかくても過ぐしてん宮も藁屋も果てしなければ

と詠みて答へず。使の者この由をもつて云ふに、博雅思ふやう、この目暗の命は旦暮に在り。我も壽は知らねども、なほ流泉、啄木といふ曲は、この目暗のみこそ伝ふなれ。相構へて弾くを聞きて伝へんと慾ふところ、三カ年の間、夜々會坂の目暗の許に向かひ、窃かに宅の頭に立ち聞くに、さらにもつて弾かず。三年といふ八月十五夜、をろうわくもりたるに風少し吹くに、博雅思ふやう、あはれ今夜か興有る夜かな。會坂の目暗、流泉、啄木などは今夜か弾くらんと思ひて、琵琶の譜を具して會坂に向かふに、案のごとく琵琶を鳴らしむ程に盤渉調に鳴らす。博雅聞きて尤も興有り。啄木はこれ盤渉調なり。今夜この絃を鳴らす。定めて弾かんとするかと思ひて、うれしく思ふ間、目暗独り心を遣りて、人もなきに歌を詠みて曰はく

あふさかの關の嵐のはげしきにしひてぞ居たるよを過ぐすとて

と詠みて絃を鳴らすに、博雅涙を流して啼泣す。道を好むことあはれなりと思ふに、目暗独りまた云はく

あはれ興有る夜かな。もし我ならぬすき者や今夜世間にあらむな。今夜心得たらん人の來遊せよかし。物語せん。

と独り云ふを聞きて、博雅音を出して云はく

博雅こそ參りたれ

と云ひければ、目暗云はく

たれにかをはする

と問ふに、

しかなり

と答ふ。目暗をとに聞きければ、感じて物語りして心を遣りて、件の曲を伝へしむと云々。博雅身に琵琶を随へざるに依り、ただ譜をもつて伝へ請けて歸ると云々。諸道の好者はたゝかくのごとかるべきなり。近代の作法は誠にもつて有るべからず。さればこそ上手は、諸道にあれ、近代になき事なり。誠にもつてあはれなり

と談らるゝに、また問ひて云はく、

件の曲、近代ありや

と。答へられて曰はく、

しからず

と。また問ひて云はく、

件の目暗の名はいかん

と。答へられて云はく、

慥かには覺えず。ただし千歳と云ふかや

と云々。また問ひて云はく

横笛は博雅極めて候ふものか

と。答へられて云はく、

第一なり。競ふ者なし。皇代、団亂旋を第一の曲に用ゐるなり。云ふる者少なし。件の人の云ふところなり

新古今和歌集 第十八 雜歌下

題しらず             蝉丸

世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ

読み:よのなかはとてもかくてもおなじことみやもわらやもはてしなければ 隠

意味:世の中というものは、どう暮らそうと同じ事だ。宮殿も藁屋も永遠のものではないのだから。

作者:せみまる平安前期の琵琶の名人として有名だが、醍醐天皇の皇子、宇多天皇皇子敦実親王の雑色とかいわれているが、不明。

備考:和漢朗詠集


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