今上をいたきたてまつりてまつハ伊勢大神宮を
お可ませまいらせつきに西方をゝかミていらせ給しに
我も入なんとし侍し可ハ女人をハむ可しより
ころす事なし。かまへて乃こりとゝまりてい可
なるさまにても後乃よをとふらひ給へし。をやこ
乃するとふらひハ可ならす可なふ事也。たれ可は
今上乃後世をも我後世をもとふら者ん。とあり
しに今上ハなに心もなくふりわけ可ミに見つらゆ
ひてあを○乃御衣をたてまつりたりしをミた
てまつりしに心もきゑうせてけふまてあるへ
しともおほ○侍き。されとも後世をとふらひた
てまつり○身おすてい乃ちを可ろめていのりた
てまつれハい可て可諸佛菩もおさめたまハさるへき
かゝれハこれにすきたる善知識ハなしとこそお
ほえ侍れ。とそ申させたまひける。さて夜もふけ
月も可たふきにけれ者御ともの人もなミたに
今上を抱き奉りて、先づは伊勢大神宮を拝ませ参らせ、次に西方を拝み入らせ給しに、我も入りなんとし侍しかば、
『女人をば昔より殺すこと無し。構えて残り留まりて、如何なる樣にても後世を弔ひ給べし。 親子のする弔ひは、必ず叶ふ事也。誰かは、今上の後世をも、我後世をも弔はん。』
とありしに、今上は何心も無く、振り分け髪に角髪結ひて、青色の御衣を奉りたりしを見奉りしに、心も消ゑ失せて経まで有るべしとも覚えず侍き。
されども、後世を弔ひ奉らむとて、身お捨て、命を軽めて、祈り奉れば、如何でか諸佛菩薩も納め給はざるべき。
かゝれば、これに過ぎたる善知識は無しtこそ覚え侍れ。」
とぞ申させ給ひける。
さて、夜も更け、月も傾きにければ、御供の人も涙に