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Channel: 新古今和歌集の部屋
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井蛙抄 文覚上人と西行法師

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井蛙抄
心源上人云、
文學上人は西行を憎まれけり。其故は、遁世の身とならば一すぢに佛道修行外不可他事。數寄をたてヽこヽかしこにうそぶきありく條、にくき法師也。いづくにても見あひたらばかしらを打ちわるべきよし。つねのあらましにて有りけり。
弟子ども「西行は天下の名人也。もしさる事あらば可爲珍事」となげきけるに、或時、高雄法華會に西行參りて、花の陰など詠めありきける。弟子共是かまへて上人にしらせじと思ひて、法華會もはてヽ坊へ歸りたりけるに、庭に「物申候はむ」と云ふ人あり。上人「たそ」ととはれたりければ、「西行と申ものにて候ふ。法華會結縁のために參りて候。今は日ぐれ候。一夜此御庵室に候はんとて參りて候」といひければ、上人うちにて手ぐすねを引いて、思ひつる事叶たる體にて、あかり障子をあけてまち出でけり。しばしまもりて、「是へ入せ給へ」とて入て對面して、とし比承及候て見參に入度候つるに、御尋悦入候ふよしなど念比に物語して、非時など饗應して、次朝又時などすヽめて被歸けり。
弟子達手を拳つるに、無爲に歸ぬる事悦思ひて、「上人はさしも西行に見あひたらば、頭うちわらんなど、御あらまし候しに、殊に心閑に御物語候つる事、日來の仰せにはたがひて候」と申ければ、「あらいふかいなの法師どもや。あれは文學にうたれんずる物のつらやうか。文學をこそ打たんずる者なれ」と被申けると云々。

写真は、京都市高雄清滝川

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