平家物語 巻第三
つじかせの事
おなしき五月十二日のむまのこくはかりに、
京中にはつし風をひたゝしくふきて、やおほくてんたうす。むねかとひらかとふき
ぬき/\、四五ちやう十ちやうになけすてなとしけるうへは、けたなけしはしらなと
はこくうにあかり、ひわたふきいたのたくひは、ふゆのこのはのかせにみたるゝかことし
人もおほくいのちをうしない、きゅうは六ちくのたくひかすをつくしうちころさる。これ
たゝ事にあらすとて…
辻風の事
同じき五月十二日の午の刻ばかりに、京中には辻風夥しく吹きて、屋多く顛倒す。
宗門平門吹き抜き/\、四五町十町に投げ棄てなどしける上は、桁、長押、柱などは虚空に上がり、檜皮葺板の類は、冬の木の葉の風に乱るゝが如し。
人も多く命を失い、牛馬六蓄の類、数を尽くし殺さる。
これ、只事に非ずとて…
参考
校訂 中院本平家物語 上 今井正之助 遍 三弥井書店