在五中将業平朝臣 遺蹟
ぬきみだる人こそ
あるらし
白たまの
まなくもちるか
そでの狭きに
古今和歌集 巻第十七雑歌上
布引の滝の本にて人人あつまりて歌よみける時によめる
なりひらの朝臣
ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせばきに
伊勢物語
むかし、男、津の国、菟原の郡、蘆屋の里にしるよしして、いきてすみけり。昔の歌に、
蘆の屋のなだのしほ焼きいとまなみつげの小櫛もささず来にけり
とよみけるぞ、この里をよみける。ここをなむ蘆屋のなだとはいひける。この男、なま宮づかへしければ、それをたよりにて、衛府の佐ども集り来にけり。この男のこのかみも衛府の督なりけり。その家の前の海のほとりに、遊び歩きて、
いざこの山のかみにありといふ布引の滝見にのぼらむといひて、のぼりて見るに、その滝、ものよりことなり。長さ二十丈、広さ五丈ばかりなる石のおもて、白絹に岩をつつめらむやうになむありける。さる滝のかみに、わらうだの大きさして、さしいでたる石あり。その石の上に走りかかる水は、小柑子、栗の大きさにてこぼれ落つ。そこなる人にみな滝の歌よます。かの衛府の督まづよむ。
わが世をば今日か明日かと待つかひの涙の滝といづれ高けむ
あるじ、次によむ。
ぬき乱る人かそあるらし白玉のまなくも散るか袖のせばきに
とよめりければ、かたへの人、笑ふことにやありけむ、この歌にめでてやみにけり。
かへり来る道とほくて、うせにし宮内卿もちよしが家の前来るに、日暮れぬ。やどりの方を見やれば、あまのいさり火多く見ゆるに、かのあるじの男よむ。
晴るる夜の星か河べの蛍かもわがすむかたのあまのたく火か
とよみて、家にかへり来ぬ。その夜、南の風吹きて、浪いと高し。つとめて、その家の女の子どもいでて、浮き海松の浪に寄せられたるひろひて、家の内にもて来ぬ。女方より、その海松を高杯にもりて、かしはをおほひていだしたる、かしはにかけり。
わたつみのかざしにさすといはふ藻も君がためにはをしまざりけり
ゐなかの人の歌にては、あまれりや、たらずや。