ほととぎす
第三 夏歌
189 題知らず 延喜御歌
夏草は茂りにけれどほととぎすなどわがやどに一聲もせぬ
190 題知らず 柿本人麿
なく聲をえやは忍ばぬほととぎす初卯の花のかげにかくれて
191 加茂に詣でて侍りけるに人のほととぎす鳴かなむと申しけるあけぼの片岡の梢をかしく見え侍りければ 紫式部
郭公こゑ待つほどはかた岡の森のしづくに立ちや濡れまし
192 加茂にこもりたる曉郭公の鳴きければ 辨乳母
郭公み山出づなるはつこゑをいづれの里のたれか聞くらむ
193 題しらず よみ人知らず
五月山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまたなかむかも
194 題しらず よみ人知らず(後鳥羽院)
おのがつま戀ひつつ鳴くや五月やみ神なび山の山ほととぎす
195 題しらず 中納言家持
郭公一こゑ鳴きていぬる夜はいかでか人のいをやすくぬる
196 題しらず 大中臣能宣朝臣
郭公鳴きつつ出づるあしびきのやまと撫子咲きにけらしな
197 題しらず 大納言經信
二聲と鳴きつと聞かば郭公ころもかたしきうたた寝はせむ
198 待客聞時鳥といへるこころを 白河院御歌
郭公まだうちとけぬしのびねは來ぬ人を待つわれのみぞ聞く
199 題しらず 花園左大臣
聞きてしも猶ぞ寝られぬほととぎす待ちし夜頃の心ならひに
200 神だちに郭公を聞きて 前中納言匡房
卯の花のかきねならねど時鳥月のかつらのかげになくなり
201 入道前關白右大臣に侍りける時百首歌よませ侍りけるに郭公の歌 皇太后宮大夫俊成
むかし思ふ草のいほりのよるの雨涙な添へそ山ほととぎす
202 入道前關白右大臣に侍りける時百首歌よませ侍りけるに郭公の歌 皇太后宮大夫俊成
雨そそぐ花たちばなに風すぎてやまほととぎす雲に鳴くなり
203 題しらず 相模
聞かでただ寝なましものを郭公なかなかなりや夜半の一聲
204 題しらず 紫式部
誰が里も訪ひもや來ると郭公こころのかぎり待ちぞわびにし
205 寛治八年前太政大臣高陽院歌合に郭公を 周防内侍
夜をかさね待ちかね山のほととぎす雲居のよそに一聲ぞ聞く
206 海邊郭公といふことをよみ侍りける 按察使公通 二聲と聞かずは出でじ郭公いく夜あかしのとまりなりとも
207 百首歌奉りし時夏歌の中に 民部卿範光
郭公なほひとこゑはおもひ出でよ老曾の森の夜半のむかしを
208 郭公をよめる 八條院高倉
ひとこゑはおもひぞあへぬ郭公たそがれどきの雲のまよひに
209 千五百番歌合 攝政太政大臣
有明のつれなく見えし月は出でぬ山郭公待つ夜ながらに
210 後徳大寺左大臣家に十首の歌よみ侍りけるに、よみて遣はしける 皇太后宮大夫俊成
わが心いかにせよとてほととぎす雲間の月の影に鳴くらむ
211 郭公のこころをよみ侍りける 前太政大臣
ほととぎす鳴きているさの山の端は月ゆゑよりもうらめしきかな
212 郭公のこころをよみ侍りける 權中納言親宗
有明の月は待たぬに出でぬれどなほ山ふかきほととぎすかな
213 杜間郭公といふことを 藤原保季朝臣
過ぎにけりしのだの森の郭公絶えぬしづくを袖にのこして
214 題しらず 藤原家隆朝臣
いかにせむ來ぬ夜あまたの郭公またじと思へばむらさめの空
215 百首歌奉りしに 式子内親王
聲はして雲路にむせぶほととぎす涙やそそぐ宵のむらさめ
216 千五百番歌合に 權中納言公經
ほととぎす猶うとまれぬ心かな汝がなく里のよその夕ぐれ
217 題しらず 西行法師
聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉のむらだち
218 題しらず 西行法師
郭公ふかき峰より出でにけり外山のすそに聲の落ち來る
219 山家曉郭公といへるこころを 後徳大寺左大臣
をざさふく賤のまろ屋のかりの戸をあけがたに鳴く郭公かな
220 五十首歌人々によませ侍りける時夏歌とてよみ侍りける 攝政太政大臣
うちしめりあやめぞかをる郭公啼くやさつきの雨のゆふぐれ
235 五十首歌奉りし時 藤原定家朝臣
さみだれの月はつれなきみ山よりひとりも出づる郭公かな
236 太神宮に奉りし夏の歌の中に 太上天皇
郭公くもゐのよそに過ぎぬなり晴れぬおもひのさみだれの頃
237 建仁元年三月歌合に雨後郭公といへるこころを 二條院讃岐
五月雨の雲間の月の晴れゆくを暫し待ちけるほととぎすかな
244 題しらず よみ人知らず
郭公はなたちばなの香をとめて鳴くはむかしの人や戀しき
248 堀河院御時きさいの宮にて閏五月ほととぎすといふといふこころをおのおこども仕うまつりけるに 權中納言國信
郭公さつきみなづきわきかねてやすらふ聲ぞそらに聞ゆる
第五 秋歌下
456 題しらず 善滋爲政朝臣
郭公鳴くさみだれに植ゑし田をかりがねさむみ秋ぞ暮れぬる
第十一 戀歌一
1043 五月五日馬内侍に遣はしける 前大納言公任
時鳥いつかと待ちし菖蒲草今日はいかなるねにか鳴くべき
1044 返し 馬内侍
さみだれはそらおぼれする時鳥ときになく音は人もとがめず
1045 兵衞佐に侍りける時五月ばかりによそながら物申しそめて遣はしける 法成寺入道前攝政太政大臣
時鳥こゑをば聞けど花の枝にまだふみなれぬものをこそ思へ
1046 返し 馬内侍
時鳥しのぶるものをかしは木のもりても聲の聞えけるかな
1047 郭公鳴きつるは聞きつやと申しける人に 馬内侍
心のみ空になりつつほととぎす人だのめなる音こそなかるれ
第十六 雜歌上
1484 いつきの昔を思ひ出でて 式子内親王
ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞわすれぬ
1485 左衞門家通中將に侍りける時祭の使にて神館にとまりて侍りける曉齋院の女房の中より遣はしける よみ人知らず
立ち出づるなごりありあけの月影にいとどかたらふ時鳥かな
1475 題しらず 法印幸
世をいとふ吉野の奧のよぶこ鳥ふかき心のほどや知るらむ
1487 三條院御時五月五日菖蒲の根を時鳥のかたに作りて梅の枝に据ゑて人の奉りて侍りけるをこれを題にて歌仕うまつれと仰せられければ 三條院女藏人左近
梅が枝にをりたがへる時鳥こゑのあやめも誰か分くべき
切出歌 夏歌
212b 郭公のこころをよみ侍りける 顯昭法師
時鳥むかしをかけて忍べとや花のね覺に一こゑぞする
244b 題しらず 増基法師
郭公花たち花のかばかりに鳴くやむかしの名殘なるらむ